年の差カップルの純愛異世界ダークファンタジー小説 終末のヴァルキュリア 第七話 共犯 を更新しました。
第七話 共犯
宿の部屋に入るとメリッサはブーツを脱いでベッドに寝そべった。
「今日は疲れたー」
彼女はうんと小さな体から大きく手足を伸ばす。
「神様でも疲れるのか?」
僕は彼女の愛らしげな仕草に少し笑ってしまった。
「食欲、睡眠欲、性欲などはない。ただ肉体の疲労はある。神とはいえ自然原則には逆らえない、筋肉痛にもなる。ちなみに痛覚、皮膚感などもある。それらはお前も同様だ」
通りで体が重いと思った。僕が床に寝そべる。今朝のことがあったのに、一緒の部屋にいてもメリッサは何もとがめない。
よくわからない娘だ。僕を危険視していないのか? まあ不思議とそんな気分にはならないが。まて、性欲がない?
なら昨日彼女の裸体を見てドキドキしたのは何なんだ。彼女に聞いてみたいが、冷やかされるだけだやめておこう。
「なあ、メリッサ。本当に人を殺さないといけないのか? ただ逃げ回って生き延びることはできないのか?」
「それは困難だな。ヴァルキュリアはエインヘリャルの気配を察知することができる。また目で確認すればどの人間がエインヘリャルか理解できる。こっちがその気にならなくても相手から攻撃をしかけてくる」
「前言ったとおり一万人から十二人だけが安全に生きる権利が与えられる。幸せになれる。人は自分の幸せのためなら、どんな手でも使う」
「ぼんやり一つの場所にとどまっていれば、相手に察知されると、まあ、相手の能力にもよるが、それだけで即死することになる」
寒気がする。こうしているだけでも、危険が迫っているというのか。死ぬ。世界から僕という存在が消える。それだけは絶対に避けるべきだ。
「もう質問はないだろ、夜遅いし寝る」
メリッサは布団をかぶると、すうすうと柔らかく寝息をたてて寝る。思わず見とれてしまう。無防備だ。僕は彼女に顔と顔を近づけてみた。
可愛いな……まるでお姫様だ。寝顔も天使だと言っても過言ではない。少しドキドキしてきた。
「起きているぞ」
メリッサは目をぱっちりと開け、真面目な顔で僕の顔をまっすぐ見つめる。僕の顔は驚きのあまり、ひどい顔で引きつっているだろう。
彼女はそれを見るとくすくす笑い、目の前で目を閉じ、寝息を立てる。敵わないな、この娘には。僕は何やら不思議な充実感を得て床で寝た。
目が覚めると何やら騒がしい。メリッサもそれに気づいて窓の外を見る。
「昨日、この地を治めるプランタージュ伯爵のご子息、モンターニュ子爵様に危害を加えるという、反逆事件が起きた。我々は決して、この反逆行為を許すわけにはいかない!」
兵士たちが集まり、その周りにこの町の人々が囲っていた。異変を察知したメリッサが早口で言う。
「荷物をまとめてここを出るぞ、早く!」
僕は彼女の言うことに従った。
「反逆者は一人たりとも生かしておく訳にはいかない。モンターニュ子爵様に不届きにも危害を加えたのはコイツだ!」
外に出ると一人の兵士が何やら演説をしている。僕らはその様子を町の人々に交じって見る。
すぐさま、緑の服を着た金髪の男が縄に縛られ連れてこられて集団の中心に引き釣り出された。
「この男はこの町近郊の狩人で弓矢の達人だ。卑怯極まりないこの男はその技を持ってモンターニュ子爵のお命を狙った」
兵士が威圧しながら強い口調で語り出す。
「違う! 僕じゃない!」
緑色の服の男は叫ぶ。その男は無理矢理木の台に手足を縛られ、首元が宙にさらされている。
「よってモンターニュ子爵自らが、その裁きを下す」
色とりどりの服を着飾ったモンターニュ子爵が中央にやってくる。そして剣を抜き、緑の服を着た男の首を切った。血がその体から吹き出る。台の下には血だまりができた。
モンターニュ子爵は嬉しそうに笑い、まるでこれが快楽だというような様子だ。
「そして、この男には共犯がいる」
「いや! やめて!」
ボロボロになった服を着て身体中あざだらけで、ところどころ血が付いた娘が連れてこられた。
――あの娘は昨日の町娘だ。金髪にブロンドそしてあの顔間違いない。
「この娘は、不届きにもモンターニュ子爵様をかどわかし、さっきの男と共謀して子爵様のお命を狙った!」
「違う! 違います!」
ブロンドの町娘は中央に連れてこられる。
「よってモンターニュ子爵様が自ら裁きを下す!」
兵士は叫ぶ。ふと町娘と僕とが目が合う。
「あいつ、あいつです! 私はあいつにだまされたんです! あの外人です。すべてあいつが悪いんです! 私は何も悪くないんです!!!」
彼女は僕を指さす。人だかりが僕を残して指先の方向から逃げる。
「連れてこい!」
モンターニュ子爵が言うと兵士たちが僕に向かってきた。僕には人々が何を言っているのかよくわからない。でも置かれている状況は察知できた。静かにメリッサに語りかけた。
「――ヴァルキュリア、僕に力を貸せ」
僕は手にした銃を放つ。町中で轟音が鳴り響く。けたたましい銃声に町の人々はパニックになり、その場から逃げ出す。兵士が一人、肩を押さえておりそこからは血が流れていた。
モンターニュ子爵は何が起こったのかわからない様子で腰が引けていた。いける……
僕の手にあるのはH&K MP7A1。 全身長340mm、重さ1.8㎏、発射速度850発/分。
有効射程200m、弾は40発装填できる。軽く使い勝手がよく、装填弾薬である4.6×30mm弾は防弾チョッキを貫通でき、後方部隊や戦闘機パイロットの自衛用火器として、各国の軍で使用されている短機関銃だ。
僕は兵士を狙ったつもりだが当たったのは一人だけ。素人の腕ではこんな物か。兵士たちは見たこともない武器にひるんだ。僕は初めて手にした銃で心を躍らせながら、少し大胆に構えた。
「メリッサ、この町を出るぞ!」
「わかった!」
「待て、にがさんぞ!」
後ろを振り返ってみると、モンターニュ子爵が近くにいた町の人を剣で刺し、それを盾にして追ってくる。数人の兵士たちも、それにならう。
なんてやつらだ、本当に人間を物扱いじゃないか。気に入らないな。だが、今は逃げ道を確保することが最優先だ。僕たちは裏路地に迷い込んだ。
「あっちを探せ! 俺はこっちを探す!」
何やら男たちが叫んでいる。
「メリッサ、いったん分かれよう!」
僕がそう言うと、メリッサは反論する。
「何を言う! 相手が人間相手なら私も戦える。お前は不老不死とはいえ痛覚や消化器官は一部もとのままだ。刺されれば大量出血で動けなくなる。捕まってしまえば、永遠と拷問されるだけだぞ!」
だからだよ。それは君も同じじゃないか。
「いいか、僕の言うことをよく聞いてくれ。相手は多人数だ。おそらくこの町の道々は封鎖されている所もあるだろう。逃げ道の確保が必要だ」
「メリッサ、君は僕より筋力がある、走るのも速い、武術も心得ているだろう。だから僕より索敵に秀でている、僕がここで足止めしているウチに、逃げ道を探してくれ、頼む!」
メリッサは少し不満げにしながら、
「わかった、言う通りにする。絶対に捕まるなよ」
そうだ、これでいい。メリッサが立ち去ろうとする。少し間を置いてから彼女は振り返った。
「頼りにしているぞ、佑月」
彼女はウインクする。そして軽やかに立ち去った。
僕は冷静に物陰に隠れ、MP7A1のリトラクタブル・ストックを引き、肩に当て、フロントサイト、リアサイトを立ち上げる。
そして向こう側の道へと構える。こつこつと足音が聞こえてくる。見ると、モンターニュ子爵が二人の兵士を連れてこちらにやってくる。
僕は息を整え、死体を壁にしている兵士が、死体から顔が出ているのを見て、目標がリアサイトからフロントサイトに合わさったタイミングで打つ。
銃口から火が噴き一人の兵士の頭が吹っ飛ぶ。
「ひい!」
もう一人の兵士は恐怖のあまり逃げ出す。
「そこにいるな」
モンターニュ子爵の声だろう何やら静かな口調でしゃべっている。
「昨日はよくもやってくれたな、八つ裂きにしてくれる!」
怒声がひびく。奴は死体に隠れて、ゆっくりと近づいてくる。
僕は落ち着いていた。人一人殺したからなのか、エインヘリャル相手ではないから、死ぬ心配がないからなのか、それとも、メリッサという守るべき少女ができたからなのか、心は静かだ。
モンターニュ子爵は足を止めた。こちらの様子をうかがっている。僕は思いきって姿を現した。
「そこか……」
奴は僕に対して、ゆっくり近づいてくる。
「何故さっきの魔術を使わない。もしかしてネタ切れか……?」
僕は後ずさりする。徐々に詰められる距離。少しずつ後ずさりをする。距離が3mほどになったとき安心したのだろう、モンターニュ子爵は死体から剣を引き抜いて、僕に対して剣を振りかぶってくる――
「死ねっ!」
――――
この場に静寂が訪れる。モンターニュ子爵は血だらけになって腹を抱えて背中を見せて倒れていた。
「――弾の残りぐらい弾倉(マガジン)の重さでわかるさ……」
僕は思いっきり奴の腹に銃弾をぶちかました。モンターニュ子爵は涙ぐみながら、僕の足をつかんでくる。
「……頼む……助けてくれ……頼む……!」
どうやら命乞いだろう、表情でわかる。僕はモンターニュ子爵の頭を踏みつけ言葉を投げつけた。
「……人は人を救わない。自分を救って欲しければな、神様にでも祈るんだな」
奴の頭に向けて銃を構える。
「モンターニュ子爵様!」
兵士たちがぞろぞろとやってくる。僕はセレクターをフルオートにしてそれらを迎え撃つ。みるみるうちに銃が軽くなっていく。今度は本当に弾切れになってしまった。
僕は銃を捨てて、すがるモンターニュ子爵の手を振り払いその場を後にした。どうせこの時代では医学など頼りにならない。ほっといても怪我の炎症で死ぬ。
気分を切り替えて僕は必死に町を駆け巡る。しばらく走ったところ、メリッサと合流した。
「佑月! ケガはないか!?」
「平気だよ」
彼女は僕の姿を見渡し、無傷なことに気づくと、「こっちだ!早く来い!」と僕の手を引っ張って走り出す。
メリッサは賢い。短時間で兵士に会うこともなく、すんなりと町の外に出ることができた。
「よかった! 二人とも無事で」
そう僕は言うと、彼女は頬を膨らまし、
「不満だ。せっかく苦労して最短ルートを見つけてやったのに、礼の一つもない」
彼女はすねていた。
「ありがとうメリッサ、君のおかげだ」
僕がそう言うとメリッサは屈託のない笑顔で、
「こちらこそ佑月、ありがとう。格好良かったぞ!」
僕らは笑いながらこの町を後にする。異世界の暮らしに不安を覚えながらも、この娘とならなんとか生きていけると楽観的な気分になった。そばにいてくれるだけで落ち着く。そう、メリッサがいてくれるなら……。
続く
次→第八話 リッカの攻防戦
前→ 第六話 日常②
まとめ→ノベル
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません