終末のヴァルキュリア 第七十話 終末の世界
僕は砂漠の薔薇に恋い焦がれた
灼熱の大地の中、香り立つ甘い花
誰れかがいるのか、誰れかがいないのか
すべては砂の粒、このコンクリートでさえも
世界を潤す雨の粒
紅い花びらを艶やかに輝かせて
僕は瞳を奪われた
きみがあまりにも美しく咲いていたから
手を出すことができなかった
きみをそっと胸の中にしまっておけば
摘んでしまうこともなかっただろうに
僕は砂漠の薔薇に恋い焦がれた
ゆらめく幻影の中、ただ一輪咲き誇っていた
あまりにもきみが惑わすから
僕は罪を犯してしまったのだ
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僕とメリッサは二人っきり、宿屋の狭い部屋で並んでベッドに座っていた。重たい空気の沈黙、僕は顔上げることができなかった、メリッサを見ると心配そうにこちらを覗き込んでいた。それを見つめる強さもなく、ただ肩を落とすしかなかった。
歩みを止めてはならない、それは日向さんへの侮辱だから、僕は先に進まないといけない。
「──メリッサ、……聞いていいか?」
「何を」
彼女は少し驚いたように右肩を上げた、僕の言葉を待つ。
「日向さんは世界が終わると言っていた、そのために十二人を選ぶのだと、全部を教えてくれないか、この戦いはいったい──」
「……すべてを話したほうがいいな」
メリッサは顔を上げ少しため息をつき、立ち上がって僕のほうに向く。
「この世界、お前の世界、その他の平行世界、平行ですらない世界、それらはたった一人の神によって作られた」
「創造神か……」
「そうだ、そしてすべての魂はヴァルハラに帰結する、あらゆる世界の源であり、帰る場所、魂の故郷だ。そこから縁起が生まれちょうど糸同士が絡めとるように生命が出来上がり、それらをもとに分子が集まり様々な世界に顕現する」
「なるほど」
メリッサと初めて会った荒原が命の故郷だとは考えたくないが、信じるよりほかはあるまい。
「ヴァルハラは虚の元素の集合体であり、世界は実の元素の集合体でそれが生物だ。だから真実は虚実などありはしない、我の観測によって切り取られたもの、それが世界だと思っているもの、……大体はわかるな?」
「……ああ」
「ヴァルハラは虚数体だ。観測できないだけで有限である、これは創造神の限界だった、大地は十劫なりといえども、虚数には限界があり、そうでなければ、あまりものエネルギーでヴァルハラ自体が崩壊する」
「あそこが、壊れる?」
「そうだ、虚子は虚子と結びつき、五劫の先にある実世界へとたどり着き生命となる。そして生命として役割を終えたとき虚子となりヴァルハラに帰る、そしてまた虚子と虚子が結び付き生命が生まれその還流で永遠(とこしえ)の世界群が平行あるいは非平行世界が成り立つはずだった。しかし、ヴァルハラの観測により、ここ二千年、急激に虚数値が膨大になった何故だかわかるか?」
「……二千年、人類の台頭か」
「その通りだ、人類はその英知を持って自然を克服しその種を増やしていった、これはヴァルハラのキャパシティを超えることに想像に難くない。現在すべての世界でどのくらいヒト種がいるか想像つくか?」
「それは流石にわからない」
「なら答えよう千兆八千九百五十六億、以下略だ、日本の債務より多い。人類体はその性質上、優れた種である限り、その分だけ実数値を持つ、これを虚数値に還元するとどうなるか、
数式に表すとeはエネルギー変換指数だとすると、虚数iとしてi = e×4n-a分のnの25乗だ。これは人間一体の命の価値だ、これを2千兆回繰り返すとどうなるか、もはや虚数崩壊をもたらす」
「それでシステムを守るため人類を間引こうというのか」
「それだけではない」
「……ん?」
「創造神は赴くままに世界を作ったが、世界自体を再編する、一つの世界に統一される、そしてその大地に12人の人類が降り立つ」
「そのための生存競争、ラグナロクか」
「──いわゆる選定の儀式だと言っても過言ではない、私の考える範疇であるが、人類の中でも、より優れたヒト種が新たなる世界の源だと言ってもいいのだろう、すなわち始まりの契約の民、神の誕生だ」
「人が神になる……」
「神々の黄昏というのにふさわしいだろう?」
「ああ……そうだな」
「だから、日向直子を倒したことも、お前がそれで悩み苦しむのも正しい、悩みのない神など私から見ればボンクラだ、生き残るのにふさわしくない」
それはメリッサなりの励ましの言葉なのだろうか、少し熱帯びた言葉だった。ここまで話されて、もはや後には引けないことを悟った。おそらく、メリッサが説明しなかったのも事の重大さに押しつぶされないためだろう。なら──
「……戦うよ、僕は。そして必ず生き残る。それがん日向さんのためだ……」
「今はその空元気があれば十分だ、それでいい、今日はもう寝ろ、お前も今回の戦いで疲れただろ、ゆっくり休め」
「……すまない」
僕はベッドに入り横になった。つぶったまぶたの裏には、日向さんの笑顔が焼き付いていた……。
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