終末のヴァルキュリア 第八十三話 ほのかな光

2020年12月12日

 門をくぐると、世界がカラーパレットに彩られていた。

 赤い屋根、青い店の看板、薄く黄ばんだ煉瓦造りの家、植えられた街路樹の緑、濃紫の教会。前に見えるのは透き通った水色の噴水、屋根が光りに照らされ橙(だいだい)色に輝く。

 人々は色彩を楽しむように、ユニークな色の服を着て、舞う。路上では子どもたちが白と朱色のピエロに心躍らせる。

「わあー」

 ナオコが感嘆の声を上げた。娯楽の少ないこの世界では大道芸は子どもたちの憧れだ、ナオコが僕の袖をひっそりと引っ張っていたから、道化師の元へと付いていった。

「ここがミランディアか」

 驚きの声が自然と僕の中から出てきた。ただ目に飛び込む彩色に圧倒されていた。大きな家々、中央街道の真ん中には屹立(きつりつ)した市役所みたいなものがある。さらに奥にはゴシック建築に似た巨大な建物が立っている。僕はメリッサに顔を向け、それを指さす。

「あれはなんだい?」
「あれはミランディア図書館だ。大陸中の書物が収められている。この世界の歴史が調べられそうだ」

 彼女は目を輝かせ、少し恍惚とした表情を浮かべた。そして、矮躯(わいく)でゆらゆらと肩を揺らす。また、知的好奇心がうずいたのだろう。僕もこの世界の文字が読めれば書物に埋もれて暮らしたいな。

 街の迫力に押されて僕たちはしばしの間、この街の文明力と美的センスに感心しながら立っていた。

「まずはどうしようか、買い物する? 宿を決める?」
 そう尋ねると、
「宿を決めよう。人が多い、宿を決めるのに難儀(なんぎ)するだろうから」

 実際、宿を探し始めると、メリッサの言ったとおり、どこの宿も部屋を借りることができなかった。彼女が言うには今週にかけてこの街で祭りごとがあるらしい。それなら仕方ないなと苦笑せざるを得ない。見るだけの価値があるものならどこだって人は集まってくる。そう云うものだ。

 やがて、中央から大きく外れた寂れた宿に泊れることになり、僕たちご一行は歓喜した。

 部屋に入るとベッドの上にナオコがずるりと倒れる。今日は散々歩き回ったのだから仕様がない。

「疲れたー、もう歩けない」

 僕もベッドの上に寝っ転がりたいものだが、やらなければいけないことがあった。
「メリッサ、荷物置いて買い物に行こう」
「そうだな、どんな食材があるか気になる。私の腕の見せ所だ」

 僕はこの世界のまずい料理なんて食べたくない、僕の胃袋はメリッサががっちり捕まえているから、期待と反比例して空いていく胃に配慮しながら、荷物持ちの任務を彼女から承った。

 僕たちは疲れた足を動かして街を回っていく、ナオコは宿において買い物だ、正直この人ごみの中、はぐれでもしたらそれこそ日が暮れる、ナオコは留守番に嫌そうな表情をしたが納得してくれた。気が付くとメリッサと二人きりの時間が少し生まれた。いろいろと他愛ない食材やこの土地の農作物などの話をする。

 見た目15歳くらいの少女だ、それはもう僕も誇らしげにしたさ、中身は度し難いが。

 大きな店舗に入ると、中は市場になっていた。カラフルなテントのような天蓋の下、商人たちが所狭しと売り物を並べていた。

 川魚や山菜、脂ののった肉を手に取り、メリッサはうんうんと、うなりながら食材選びに時間をかけた。いろんなイメージをめぐらせて料理を考えているのだろう、目が光っている。そう云えば彼女の料理は見たことのない外見の仕上がりだけどオリジナルレシピだろうか。

 こういう時間は男は退屈してしまうのは仕方がない、三時間ほど時間がたつと、どっさり食材入りの皮袋が僕の両手にぶら下がっている。結局、二人の両手が食べ物の袋で塞がった。

「さあ、料理が出来たぞ。私の力に震えるがいい」

 彼女の白い手から木のトレイに料理を置かれた皿が、僕の目の前のテーブルに置かれた。

 最初に、目を引いたのは川魚のソテーだ。油の浮いた魚を切って、肌色のソースがかけられている。湯気が立ち、赤身の魚の身が僕の食欲をそそった。側には切った柑橘類(かんきつるい)の果物が置かれており、酸っぱい匂いが僕を誘惑する。

 その次に目を引いたのは、深い橙色(だいだいいろ)をしたスープだ。煮込まれた肉が入っており、スープには肉の油が浮いている。男はこういうがっつりしたものが食欲をくすぐられる。

 次は、小さく切られた赤い果物だ。ドレッシングがかけられており、甘い匂いが立ちこめている。瑞々しい野菜の匂い、独特の日差しの匂いが心を安らげてくれた。

 最後は、山菜を中央に飾っているパスタだ。これは白いソースが混ぜられており、
柔らかなパスタに緑色の山菜がのっていた。これをメインで食べればいいんだな。洋食ばかりだが、それが彼女の個性だ、恋ひ人として胃を合わせるさね。

 眺めていると、「美味そうだね」一言褒めて、彼女に拝むように手を合わす。正直早く食べたい。僕はゆっくりと視覚で料理を楽しんでいたが、子どもの手は早い。

「おいし~い! こんなの初めて。ママの料理は世界一!」

 先に言いたかったのにな、それなら、僕も負けじとパスタに手を運ぶ。それを口に入れた瞬間、甘さが口の中に広がっていく。

 甘いスープを飲む。香り立ちこめた肉の味が舌を踊らし、爽やかなのど越しの汁がすっと喉を通る。口に残された旨味がたまらない。

 そして、魚の切り身のソテーをスプーンで口に運ぶ。脂がしっかりのっていて、その重厚な味わいにこれは中世ではない、未来の世界が広がっていると確信させられた。
 最後に素材を生かした甘い果物で閉め、この世界の深さを知る。

 美味い、美味すぎる。
「とても美味しいよ、メリッサ。君が嫁さんに来てくれてよかったよ」
「そうだぞ~私に感謝しろ」

「うん、絶対感謝」
 美味しい食事は時間がたつのが早い、あっという間に僕は皿を綺麗にした。美味かった! 胃を休めるハーブティーをすすりながら食事に大満足すると、外が何やら騒がしい。

 よく聴いてみるとリズミカルで軽快な音楽が聞こえてくる。

「どうやら祭りをやっているみたいだな。佑月ちょっと行ってみるか」

 闇に世界が包まれる中、人々は踊り続ける。世の悲しみ、苦しみ、理不尽への怒り。そのすべてが今日は解放される。すべての過去を松明の焔(ほのお)の光に燃え焦がす。

「わー、みんな楽しそう」

 ナオコは嬉しそうに音楽にのせられて体を揺らす。

 突然、街の金髪の女の子が僕に近寄ってくる。僕と手をつなぎ、踊ろうよと誘惑するのだ、一瞬唖然としていたが、これは誘いを断るのが無礼ではないかと思い彼女に倣(なら)う。

 しばし、音楽に身を任せ、不器用に手足を動かした。この世界はつながっている、きっと僕の知らない世界でも音楽に踊っているだろう、つらい時はみんな踊ればいいのに、重い理性が心を病ませるのだ、そこから解放されたとき、肉体性に意味が出てくる。生きるということはそういうことだと僕は思った。

 途端、寒気がした、冷たい視線を感じる。しまった、忘れていた! メリッサがいたんだった。
 メリッサの目は座っているので、恐る恐る下から表情を覗き込むと笑顔であった、もちろん眉と口元は引きつっていた。女の子と踊りに礼をした後、素早く彼女のもとに駆け寄る

「楽しそうですね」
 ゆっくりと、ひと音ひと音はっきり発音する、コワイデスネ。僕は恐怖で何も言えず硬直していた。

 静かに体を近づけてくるメリッサ、そして、耳元に唇を近づけ、「浮気は許さん」と僕の耳に柔らかな唇を当ててくる。

 メリッサに誘われて、いやむしろ飼い犬をリードで引っ張るように、僕たち二人はしばらく踊っていた。

 しばらくたって音楽が止み、人々が集まりどこかに向かっている。その行列に僕たちはついて行った。

 何が起こるか想像できなくて、少し恐る恐る松明に導かれて、次の世界へ連れて行かれる。そして、湖にたどり着くとそこでは灯りなど必要なかった。

「わあ~綺麗」

 思わずナオコは声を上げた。大きな湖の上にちいさな蒼い光がちりばめられており、地上に星々の輝き、瞬く間に銀河が流れているのかと思った。僕はその幻想的な風景に見惚れていた。時は日が沈み夜の盛り、眩い銀河に照らされて、神々しい世界に圧倒されてしまう。

 陽気なナオコが小さな光を捕まえようとするや否や、メリッサが注意する。

「危ないぞ、下は湖だぞ。よくみろ」

 ナオコは躓(つまづ)きそうになりながらも小さな光を捕まえる。それは光り輝く虫だった。

「これは何という虫なのかな」

 メリッサに訊いてみた。

「レンカと言って、この地方この時期にしか出てこない虫だ。十年間地面の下で幼虫が成長していって、わずか、三日間だけ地上に出てきて光り輝く。そして、光に惹かれた雄と雌が交尾して子どもを産む。いわば、この風景は求愛戦争だな。

 この地方の人々は神が与えた愛と幸せの象徴としてこの風景を楽しみ、祭りを開いて心を躍らせるんだ」

「愛と幸せの象徴……」

 僕とメリッサは蒼い光を眺めている。僕たちの未来を照らされるように願いながら。そして、唇を重ねる。僕たちの愛を確かめるため。

 恋のために十年間待つ奴がいるんだ。僕たちが本当に結ばれるまで待てるさ。
 愛しているよ、メリッサ。

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