終末のヴァルキュリア 第八十四話 襲撃

2020年12月19日

 白銀の光りが瞼(まぶた)へと差し込み、まどろみから解き放たれる。透き通った艶やかな髪をなびかせたメリッサが笑顔で僕の顔を覗き込んでいた。清浄なる女神の眼差しで、僕の心が聖なる国へと旅立っていった、そう、空を目指す海鳥のように。
 
「おはよう、メリッサ」
「おはよう。寝癖がついているぞ、ちゃんと直しておけよ」

 僕は手足を伸ばし、首をよく回した、昨日はよく眠れたな。睡眠が気持ちよく取れると、一日の始まりが素晴らしい心地になる。

 昨晩、ナオコは隣のベッドに寝かしておいて、メリッサと二人、同じベッドで寝ていた。ナオコは仲間外れを嫌がったさ、でも、僕とメリッサは恋人なんだ、二人の時間があっても良いじゃないか。

 また、彼女の矮躯(わいく)がぴったりと僕の胸に収まるから、抱きしめると、非常に快調になって、ぐっすりとよく眠れる。抱き枕と言う意味ではないよ、肌のぬくもりを求めることは人間の根源的欲望だ、温かな安心感が眠りをもたらすだけさ。
 
 女の子ってやっぱり良いものだ、そばにいるだけで全然違う。まるで自分の世界が半周回って、孤独ではわからなかった人間愛と言うものが湧き上がってくる。それにしてもこんなに快適な睡眠を取れると、起きるだけで爽快だ。

 寝ぼけている僕を見て、メリッサが嫋(たお)やかに笑っている。

「どうしたんだい?」

 彼女の女性特有の優越感をもった瞳が気になった。

「だって、寝言で、メリッサ~愛してる~、行かないでくれ~って、ほんと、お前、どれだけなんだって、おかしくてな」

 僕の顔が熱くなる、そんな寝言を言ってたのか、三十五になって、かっこ悪い男だな、変な夢を見ていた覚えは無いけどなあ。自分に自信がないのか、メリッサに依存しているのか、恥ずかしい奴だよ僕は。

 メリッサがゆっくりと顔を近づけてきて、
「私はどこにも行かないぞ、安心しろ」

 と、しなやかな仕草で、いつもの温かい唇を僕の唇に優しく重ねてくれる。甘いキスに中(あ)てられて、僕は彼女に惑わされる。そう、そっと赤いバラの花びらに口づけるように。いつからだろう、こうなったのは。メリッサがいない世界なんて考えられない、それほど僕の心は彼女でいっぱいだった、それでいて心地がいい。

 酔ってるんだ、彼女に。

「朝食、ここに置いておくからな、私は下の階でナオコの面倒見ているから」

 僕らの泊まっている宿は二階建てで、下は小さい客室がある。子どもが遊ぶのにちょうど良い場所があったので、そこを使っているのか。

「わかった、──あれこのパン……どうしたの、いつもと違うけど」
「ああ、ここは都会で、流通が良くてな、小麦がたくさん手に入ったんだ。中世では純小麦が高価なため小麦とライ麦を混ぜてパンを作るんだ。そうすると硬いパンが出来る。

 だが、小麦粉が割とお買い得だったので奮発していっぱい買ってきた。で、作った純正の小麦パンだ。柔らかいぞ」

 喜ばしき限りかな、鉄くぎを打つために存在してるパンから今日は解放された、最高だ、メリッサ、愛してる!

 僕は起き上がり、小さなテーブルに置かれたトレイの上のパンを口に運んだ。

 柔らかい! 外はパリパリして中はふわふわ、噛めば噛むほど小麦の甘みが口に広がっていく。パンだ、僕の知っているパンだ! もちろん美味しいんだ。ベーカリーで買ったパンの味がする。

 勢いづいてそばに置いてある、ドレッシングのかけられたサラダの皿を手にする。木製のスプーンで口に運ぶと、野菜の素材が上手く生かされていて、甘いドレッシングに、シャキシャキとした自然で育まれた繊維の食感がたまらない。

 ボールにかぶりつくようにスープを飲む。旨みがたっぷり込められたスープで、野菜の下味がついている。甘いコンソメのようなにおいが鼻孔(びこう)の奥を刺激されて、温かい家族の優しさに身が包まれた気分だ。

 続いて柔らかいパンを齧(かじ)りついていく。飯がうまけりゃ、世界が平和だ。喜びの賛歌に包まれて、僕は最高の朝を迎えた。

 やっぱりパートナーの料理が上手いと人生が変わるなあ、最高だ。帰る母の味があるっていいな、爽やかに美味しい朝食を平らげて意気揚々と下の階に降りていく。

 部屋のドアを開け、階段を降り、下の客室のドアを開ける。

「あーパパだ」

 待ってましたと言わんばかりに、ナオコが僕の下腹部に飛び込んできた。丁度、腹部の筋肉がついていない柔らかな部分に頭突きをかまされ、思わずさっき食べた朝食が胃から口へと挨拶しかけた。

 かなり辛かったが落ち着いて優しくナオコの頭を撫(な)でた。子どもは腕白ぐらいがいいのさとぐっと堪(こら)えて、一つ深呼吸をした。
 
 遠慮なく構わず幼女は木のおもちゃで遊ぼうと僕を誘ってくる。僕は戸惑った、見たことがない玩具だったから。
 
「えっと、これは……どうやって遊ぶんだい」

 彩色のつけられた素朴な木の女の子と男の子の人形。右手でナオコはぐっと僕の胸のほうへ、見たところ男の子の人形の方を差し出す。

「私はお姫様! パパは王子様! さあ、やって」

「僕が王子様か……、はは……」

 その途端、寒気が走っていく。客室の奥にいたメリッサの目がギロリと碧い瞳を輝かせてこちらをにらむ。おいおい、子ども相手に嫉妬するのはやめてくれ、僕がそういう趣味があると思われるではないか。

「ははは、困ったなあ」

 笑ってごまかして、人形を手にしようとしたその時、突然、メリッサの表情が変わる。

「佑月、敵が来る! エインヘリャルだ」

 ナオコが僕にしがみつく。戸惑ってはならない、さもなければ家族を怖がらせる、だから大丈夫だよと僕はこの娘の頭を撫でた。

「いったん距離を離そう。ずるずると戦闘になるより、相手のヴァルキュリアが察知できない距離を保って、銃で仕留める」
「きっとナオコも察知されているだろう、安全策をとってその方が良いな」

 珍しく二人の意見が一致すると、手慣れた感じで行動を始める。
 
 まず、ナオコを連れて手頃な民家を訪ねる。メリッサが交渉して家の二階に入れてもらう。次に部屋の中に入り、ベッドを縦に向けて布団を置いてその上にL118A1スナイパーライフルを設置した。

 窓から外へと銃身(バレル)を出す。横開けの窓のため、この前みたいな下手な細工が必要なく視界が確保できる。

 辺りを見渡すと、ここから大通りが見える。距離はおよそ200メートル、今の僕には確実に当てる自信がある。たぶんロストテクノロジーの影響があったのか、あの時から見る見る狙撃の精度が上がったのだ、やってやるさ。

「メリッサ。ここから、相手のエインヘリャルが判別つくかい?」
「余裕だ、万事任せろ」

 メリッサは周辺をつぶさに視線で捜索をした。ヴァルキュリアとして優秀な彼女が相手を見つけるのにそう時間がかからなかった。

「大通りのここから左方面、あそこだ。ゴシックロリータの衣装を着た赤い髪を右側に縛って、フリルのフリフリの女、あいつだ」

 メリッサが指をさす。スコープをのぞく。何度も言うがもちろんただのプラスチックで、拡大できるわけではない。照準を合わせるためだ。ただ色がついた点が動いているのが見えた。

 ゆっくりと大通りを横切っている。その動きを予想して銃の引き金をしぼる。
 劈(つんざ)く銃声とともに、黒い点から赤い血が吹き出て、視界から消えた。手ごたえはあった、しかしなんだ、この胸に湧き上がってくる奇妙な不安は。

「メリッサ、当たったと僕は確信しているけど」
「ああ、よくやった。左胸心臓部を貫いた。一発で終わりだろう」
「でも、確認しないと」

 二人はうなずく。ナオコを、民家の人に金を払って預けておく。万全を期して武器を近距離用のSG552アサルトライフルに変えて、急いでメリッサと二人で外に出た。

 目標へと慎重に向かう。──おかしい、周りの人々は何事もなかったかのように歩いている。何か変だ。突然女性が死んだんだ、周りが普段通りとはおかしい。銃声もしたのに、どういうことだ、僕はつぶさに血の跡を探す。

 ──何故だ。エインヘリャルが死んだ時、肉体は消えても、わずかに血しぶきや銃痕(じゅうこん)が地面に残っているはずだ、しかし全く地面が綺麗なままだ。メリッサも訝(いぶか)しげに周辺を虱潰(しらみつぶ)しに探索する。

 だが、何も痕跡が残っていない。何か手掛かりを集めようと裏路地に入った、そのとき──。

「アンタ佑月って言うんだろ」

 はっと後ろを向く。二人の少女がゴシックロリータ風の衣装を着飾ってこちらをにらんでいる。赤い髪と蒼い髪の毛をした彼女らが、平然とこちらに笑みを浮かべて、一瞥(いちべつ)する。

「な、そんなはずはない! 左の赤いエインヘリャルは確かに死んだはずだ。エインヘリャルが二人……!」

 動揺を隠せないメリッサ、構わず赤い少女が声高らかに、さも楽し気に宣言する。

「さあ、ショータイムを始めるよ!」
 少女が手を上げると、どす黒い球体が空の隙間を埋めるように、また、それは醜く蠢(うごめ)きながら、数限りなく浮かべられた。僕はその威圧に言葉を失った。

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