終末のヴァルキュリア 第八十七話 百合の花

2021年1月11日

 得てして優れた能力は使いづらい。もし何事にも無制限に扱えたならば、この世界の規律に矛盾が生じる。世界は危うく精密なバランスで作られている。人の手が入ると自然界はすぐにねじ曲がった方向に傾く。

 だとすれば、時間を飛ぶなんて能力は、その力の強大さゆえに欠点が目立つ。ララァについてもそうだろう。

「佑月どうするつもりだ?」
 そろそろいい頃かな。周りを見渡す、他には誰もいない。僕とメリッサだけだ。
「いいかいメリッサ、戻ってリリィとララァをつけるよ」
「何を言ってるんだ。そいつらから逃げてきたばかりだろ」

「メリッサには仕事とプライベートどっちが大事だい?」
「どっちもだ。何の質問だ?」
「誰もがそうだと思うのは軽率。人によって違うから面白いのさ」

 僕たちは自分たちの姿が見えないように、今来た道を探り、メリッサが感じるエインヘリャルの気配をたどって、リリィとララァを捜(さが)しあてる。メリッサは僕の行動に目を顰(しか)めた。

「いいのか? 佑月、こんなに近づいたら相手のヴァルキュリアに察知されるぞ」
「あれを見てごらん」

 リリィとララァは手をつなぎ、二人並んで中央街道で散歩をしていた。まるで恋人とデート、仲よさげに笑いながら話をし、周りを指さしながら二人の足をそろえて歩いて行く。そこには危機感など無い。

「どういうことだ? 今戦闘したばかりなのにこんな無防備に。ヴァルキュリアは連れてないのか」
「さっき仕事とプライベートのこと尋ねたろ。彼女らに聞くと迷わずこう答えるさ、プライベートって。

 彼女たちにとってヴァルキュリアは邪魔な存在なんだ。二人きりでプライベートの時間を満喫したいから。

 いつでもどこでも好きな人とデートしたいのさ。若い時にはそういう時期があるよ」

「だからといってヴァルキュリアを連れて行かないのは、おかしいだろ。殺し合いをしているんだぞ」
「彼女たちは絶対に殺されない自信があるのさ」

「あっ……時間変革能力か……なるほど」
「そういうこと」 
 
 響き渡る二人の談笑。距離をとっている僕たちにも声が届く。

「リリィは本当臆病ね、動物が怖いなんて」
「ララァが物怖じしなさすぎなんだよ。あんな毛むくじゃらなでかい犬っぽいもの見せられたらびびるって」

「あら、可愛い。貴方の世界では動物が小さかったのね。私の世界じゃ教会よりでっかい馬がいるのよ」
「可愛いのはララァのほうだよ。あたしなんて、がさつだし引っ込み思案だし。いいとこないよ」

「そんなとこも可愛いのよ、女の子が放っておかない。私も、胸がうずいてきた」

 ララァがリリィに口づけし、お互いの愛情を味わう。

「ん……ララァ……上手……好きだよ……」
「私も……リリィ……」

 リリィはふと、市場の風呂敷が敷かれた上に並べているアクセサリーに目が行く。
「あ、このペンダント、ララァに似合いそう」

 銀細工で作られた花の形をしたペンダントを、リリィはララァの首につけた。
「あら素敵。中が開いて何か物が詰められそうね。こんな綺麗な物、私に似合うかな」

「めっちゃ可愛い~。すっごい良いって。あんたのために作られたみたい」
「そうかな。それじゃあ、盗みましょう」

 二人が一瞬消えた。露店の主人は何が起こったかわからないみたいに、周りを見渡すが二人はそこにいない。

「メリッサ見たかい?」
「ああ、時間変革能力をバカみたいな使い方するんだな」
「そうじゃない。問題は何故店の主人が気づかないように、もっと前の時間から時間更新をしないかということだよ」

「そういえばそうだな。どうせペンダントを盗むなら、店の主人に気づかないようにすればいい。そうすれば、盗んだことがわからないだろう」

「僕は仮説を立てた。時間変革能力を駆使して、現在の時間より遠いところに戻すとする。そうなると因果律の流れが狂い、並行時空つまりパラレルワールドに飛んでしまうのではないかと。

 時間を更新すると異なった原因から、異なった結果が生まれる。つまり時間軸が上書きされる。

 例えば過去の時間へ飛ぶとする。空気中の成分、いわば、足跡、第三者の視覚認識、物を動かした事実など、それらすべてを更新しないといけない。そうなれば、たどる時間が遠ければ遠いほど、大量の事実を更新する必要がある。

 そうなったらもう別世界に時間移動したことになる。世界が大量に書き換わるから。時間更新にはならない。

 だからなるべく時間更新は数秒以内にとどめているんじゃないかな。タイムパラドックスの可能性を考えると、時空を超えて自分の存在が、この時空から消えてしまわないように」

「なるほど、タイムパラドックスを考慮してか」

「試しにあの通行人にリリィのスカートをめくらせてみよう。メリッサ頼む」
「はあ?」

 メリッサが一気にこちらを睨(にら)んだ。僕はそれに動揺せず、泰然(たいぜん)とした面持ちでいると、「わかった」と言って、そこら辺にいた貧し気な男に金を渡して交渉したようで、それが終わるとこちらに彼女は帰ってきた。
 これでいいんだな、と言うので僕は頷(うなず)く。
 
 大通りの中リリィとララァの後ろをそっと男が近づいてく。彼女らは無防備にアヴェニューを楽しんでいてそれに気づかない。男が手をスカートの下に持って行き、リリィのゴシックロリータ衣装のミニスカートを大きくたくし上げた。

「キャアアア――――――!!」
 ふっくらと小さなお尻に現れるピンク色の下着が見えた。まあ、それはどうでもいい。大通りの人々は彼女の痴態(ちたい)を興味深く見入った。

 その束(つか)ぬ間、男は黒い球体に飲まれ溶けていく。リリィは恥じらいながら、激怒していた。ララァは突然のことでオロオロと戸惑っていたのだった。

「もう、最低――――――!」
 そう叫ぶリリィ。僕はそれを見て確信した。

「見たかい?」
 簡素にメリッサに尋ねる。
「ピンク色だったな」
「違う、そこじゃない」

「じゃあ、尻の形か? 私はもっと肉付きをよくするべきだと思う。若い娘は食事制限などして産むに適した肉体をしていない」
「そんなの、どうでもいい」

「じゃあ、何か! お前は私にセクハラさせるために、こんなこと命じたのか? しかも一般人を殺す羽目になって。私は何か考えがあると思っていやいや手を貸したのだぞ、お前は!? 何なんだ!」

「まあ落ち着いて、よく考えてくれ。今さっき見ただろ、彼女の名誉を守るならララァが時間操作をすればいい」
「あ、なるほど」
 聡明(そうめい)なメリッサはさっき判明した事実を理解した。

「つまりスカートをめくられないように事実を更新しなかったということだ。何故だ? 考えればおかしい話だ。

 おそらくあれだけ大声で叫べば多くの観衆に目についただろう。それらの視覚認識の事実を改変すると大量の情報量を書き変えなければならない。前に述べたようにタイムパラドックスの危険性が出てくる。
 
 つまり、こんな些細(ささい)なことでもタイムパラドックスが起きてしまう可能性があり、彼女はそのため能力を使わなかった。
 
 そう、彼女の能力には制限がある、だから出来なかった、決まりだな」

「攻略できそうか?」
 メリッサの問いに僕はささやかに微笑み、

「当然さ」
 と答える。僕は確信した、勝利を。

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