終末のヴァルキュリア 第九十話 徒花②
儚(はかな)き夢の花、歪な花弁は甘い香りを残して散り、消え去る。水なき雨が花を求めた蜂(はち)を痛めつけていた。
ララァが消え、存在は陽炎(かげろう)のごとき、幻であったか。ふと、地面を見るとララァが街で盗んでいたペンダントが落ちていた。この世界に未練があったのだろうか。複雑な気持ちで僕はそれを拾う。
「ララァはとてもいい娘だったのに、いい娘だったのに! この変態! 痴漢! 鬼畜! クサレ外道!」
「何とでも言えばいいさ」
平然と僕は言い放つ。これは戦いだ。最終的に生き残りを賭(か)けるポーカー、下手なベットは許されないし、心を鬼にして手札を見せた。僕は徐々にリリィがいる道の角に近づいていく。遠く走る音が聞こえた、ララァと違いこっちは悪い娘だ。僕から距離をとって、視界に入らないようにするつもりだな。
彼女を追っているうちに、理解しがたかった光景を目にした。黒い球体が街全体を覆い尽くし、空が黒の絵の具で塗りつぶされていく。
「この世界がララァを否定するなら! こんな世界なんていらない。全部、全部いらない。
あたしがこの世界を否定してやる! ララァがいない世界なんて、意味が無いんだあ――――――――!!」
正気か? まさかこの街まるごと焼き尽くそうというのか。被害が広まる前に急いでリリィ本体を探す。
「みんな、みんな、死んでしまえ!」
「ヒステリーはやめろ! やっていることがわかっているのか!」
「あはは――――――――――――!!!」
空から黒い影が襲ってくる。恐怖で叫ぶ街中の人々。阿鼻叫喚(あびきょうかん)とした街の人々と街並みが黒で塗りつぶされた時、むせかえるような死の匂いと断末魔が聞こえてくる!
「ウアアァ――――――――!!」
「キャァ―――――――!!」
まさに地獄絵図。老若男女すべてが黒い液体に変わっていく。溶けていく、溶けていく。平和な日常、人々の共生、命の営み。無関係の人間がプラスチックの玩具(おもちゃ)のように壊される。
「きゃはははは――――――――!!!」
「一体どうなっているんだ!」
メリッサがこちらに追いついてやってきた。
「作戦通りララァを消滅させた。そうしたら、リリィがプッツンして無関係の人々を虐殺し始めた」
「このミランディアには八〇万人いるんだぞ! 正気なのか!?」
「もう正気じゃないだろ」
僕は諦めムードで少し投げやりな気分になった。どうしようもない。ふと、メリッサは思考に不安の影が入ったようだ。
「そうだ! ナオコはどうした!?」
そうだ、民家に預けたまんまだった、急いで彼女の身を守らないと!
「パパ~! ママ~!」
民家に行くとナオコと老夫婦が迎えてくれた。
「あのね! お空が真っ黒なの! 私怖い!」
ナオコが涙ぐんでこちらを見ている。同じようにメリッサもじっとこちらを見ている。僕は頭を掻(か)き、口元に人差し指を当て、一間考えた後、指を跳ね上げる。
「わかった。僕がなんとかするよ」
「パパ!」
「佑月!」
メリッサが老夫婦に礼を言い、避難するよう指示したようだ。さて、僕のやれることで最善を尽くさねば。それは命のやり取りをする者の宿命だ。
「リリィを始末する、メリッサは……」
「とりあえず私は市民を避難させる。リリィは佑月! お前に任せる」
「そうだな、まあ、とりあえず武器を交換させてくれ」
彼女の能力を使い僕は武器を受け取った。L118A1スナイパーライフル、抱えてリリィを探す。メリッサが付いて来ていない以上、ヴァルキュリアの直感を使えない。また、弾数に制限がある。どうやって先にリリィをみつけるか、そしてどう決着つけるか。
そう悩んでいた。だが、リリィを探す手間はさほど必要がなかった。
「あはは――――――! 全部溶けてしまえ――!」
リリィの甲高い声が街中に鳴り響く。あの声をたどっていけばいいな。僕はリリィの居場所を特定した。上方向に視線をやると、家の屋根に上って街を溶解させている。
あいつに気づかれないよう僕も家の屋根を上って、あっちからは木で見えないようなポジション取りをする。約300メートル。伏せ撃ちの構えでL118A1を設置した。
――そのときだった――
黒い球体の血で描かれたような目がこちらを見つめていた。その瞬間リリィがこちらを向き僕と視線が合う。どういうことだ? 300メートルあるぞ、気配を察するにしてはあまりにも、距離がありすぎる。相変わらずヴァルキュリアを連れていない。
僕の思考の交錯に関わらず、リリィは背を向け今いた場所から離れようとする。
まずい!
咄嗟(とっさ)に引き金を引き、銃声が街の中で反響する。
思わず撃ってしまったがリリィには当たらなかった。そして、息つく暇を与えずに黒い影が僕を襲ってくる。
何故この場所がばれた? あっちからは見えないはず。まさか、この黒い球体の血の目が僕の位置を教えたのか!?
走りながら黒い液体から身を守った。その考えが正しいのなら、黒い球体が空中に浮かんでいる以上、相手に察知されて狙撃できないじゃないか。くそ、厄介な能力だ。
……作戦を変えるしかない。
遠くでリリィの笑い声が聞こえる。まさに狂い咲き、血の花は赤くて冷酷で非情なる女王、紅い色彩は死が秘められた花言葉。
「アンタはゆっくり溶かしながら殺してやるよ。ララァのかたきだ、絶対許さない」
リリィが遠くでこちらに向かって叫んでいる。くそっ! あいつの黒い球体が襲うなか、がむしゃらに追っかけて、仕留めるしかないのか!? しかし、それはあまりにも危険すぎる。どうすればいい!
黒い世界が重圧感のもと、僕に押しかかってくる。風は冷たく、空は漆黒の闇に包まれていた。
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