小説 終末のヴァルキュリア 第九十二話 徒花④ を更新しました。
リリィは泣きながら街をさまよう。自分の居場所、描いていた未来図、それらが全て消えてしまった。手を壁に付いたが、煉瓦(れんが)は冷たい。
静まった街の声は彼女を孤独にさせて、よりどころのない矮躯(わいく)をふらふらとあてもなく風の吹くままに漂(ただよ)わせた。
ふと顔を見上げた。そこには忘れもしない上着のフードをかぶった人の後ろ姿があった。
「あいつ……!」
自分の希望を奪ったあの男を見つけた。必ず、必ず、自分の手で罰を下さないと。そう思いつつ、足を引きずり、難儀(なんぎ)しながら執念で追いかけた。
ララァはあたしのすべてだった、それを奪ったんだ。地の果てまででも追いかけてこの手で殺してやる。リリィの今の生きる理由、それは復讐だ。
鬱蒼(うっそう)とした山の中に奥深く入る、長く伸びた草や枝が彼女の白い太ももや腕を傷つける。それでも歩むのをやめなかった。長い長い道。リリィはララァと旅をしていたことを思い出していた。
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「綺麗な花だね」
ある朝、リリィはとある山道を歩きながら道ばたに咲く赤い花を見つけた。
「その花、毒があるらしいですね」
ララァは微笑みながら、派手に咲き誇る花をちらりと横目で見た。
「へえ、なんで花には毒があるんだろうね」
「それはね、自分を守るためよ」
「自分を守るため?」
「綺麗な花だと誰かが摘(つ)んでいってしまうの、せっかく咲いたのに誰かの物になってはつまらないじゃない。だから毒を持つのよ」
「なるほど、だからこんな道ばたでも咲いていられるんだね」
他愛のない話をつづけながら山を歩き続ける二人。ゆっくりと山の中を歩み続ける。
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「あっ、ちょっとあたしの変なところをなめないでよ」
寂れた町で毛むくじゃらの犬が、リリィのふくらはぎの部分をべっとりとなめた。
「あら、犬に好かれたのね、良かったねリリィ」
ララァは嬉しそうに犬の頭を撫(な)でる。
「こんなの気持ち悪いだけだよ」
黒いニーソックスを脱ぎ、素足を太陽に晒す。濡れたふくらはぎが太陽の元白く輝く。
するとまたもや犬が舌を出しリリィの足の指をなめていった。
「あん、ちょ、……やめてよ……変態」
「貴女と遊びたいのよ」
「あたしと……なんで?」
「動物は優しい人間がわかるのよ。貴女がどんなに心が綺麗か、匂いでわかってしまうの」
「心が綺麗って、あたし別にそんなんじゃない」
「貴女は綺麗よリリィ……」
そう言われリリィは頬を染め空を見上げた。燦々(さんさん)と輝く太陽の光が胸に差し込み、体がすこし温かくなった。日は高く昼時の事である。
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「さあ、できた。リリィちょっと食べてみて」
ララァは外がパリパリとした触感の菓子パンを手作りして、リリィと分け合った。
「ありがとう! それじゃあ早速いただくね」
サクッと音がした後、優しい味がリリィの口の中に広がっていく。
「おいし~い! 甘さがふわあって、すごい! ララァは女の子なんだね。あたし料理とか全然ダメで」
「ううん、リリィも女の子よ。ねえ、なんで女の子が甘い物が好きか知ってる?」
突然の質問にリリィは頭を悩ませる。なんで自分は甘い物が好きなんだろう、自分でもわからなかった。
「ララァの質問は難しいよ。あたしバカだから」
「ふふふ、女の子は優しい世界が好きなの。甘くて温かな日常が好きだから、恋をしたり、食べ物を食べたりして喜んだりするの。甘いものを食べるとホッとするでしょう?」
「確かにそうだ! ララァはホント頭がいいね!」
お互いの顔を見て笑いながら甘いお菓子を食べ尽くす。夕日が燃え盛る中、幸せそうに笑う二人であった。
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月が現れ、静かな夜の事、小屋の中きしむベッドの上、リリィとララァは優しさを口に含み、好きだよとつぶやきながら唇から唇に伝える。柔らく温かい感触を味わう二人。
肌と肌を重ね合わせ、きつく抱きしめ合う。背中の白いキャンバスに愛してるよと指先でハートを描く。こすれ合う柔らかな乳房。
甘い嬌声(きょうせい)が狭い世界で響き渡る。もっとお互いのことを知りたくて、森の奥に突き進む指先。そこは狭く繊細な赤い谷。しっとりと濡(ぬ)らし、雫(しずく)が太ももの丘をつたう。
秘められた場所をこすりつけ、貴女を感じていたいとララァに言われ、そこに口づけをされれば、リリィは光差し込む天の上に羽を飛ばし飛び上がっていった。その瞬間、この残酷な世界でも幸せが存在するのかと倒錯した恍惚感(こうこつかん)を味わい、激しい吐息を漏(も)らした。
行為が終わったあと優しく抱き合いながら口づけをかわす。
「素敵だね、リリィ」
ララァは微笑みながらささやく。
「ララァと出会えて良かった」
また口づけをかわす。何度キスをしただろう、お互いにキスをしていない場所など無い。甘いキス、激しいキス。どんな愛でも伝えてきた。二人の愛の日記帳を重ねて記すように何度も口づけを交わした。
「こんなにも貴女を感じられて嬉しい」
ララァは言う。リリィは乳房にキスしながら言葉をつづける。
「ララァはホント綺麗。あたしの憧れだ。キスしたくない場所なんて無い」
「貴女も綺麗よ、リリィ。貴女の指先とても芸術的な動きだった。私とっても気持ちよかった」
「ララァのほうが繊細で上手だよ。あたし途中からなんだかわからなくて、ただララァに合わせてただけ」
「リリィの声、とても感受性豊かだったわ」
「もう、ララァったらやめてよ。恥ずかしいじゃない」
「あれ、どうしたのリリィ?」
突然リリィの艶(つや)やかな朱い瞳から涙が零(こぼ)れていく。自分でもよくわからないが、ただ流れていく時間の流れに、恐怖の影が差し込んだのである。
「わかんない。わかんないけど、あたし、切なくて……!」
リリィの胸がきつく締め上げられる。苦しくて、呼吸も難しいくらい息がつまっていく。
ララァは笑顔でリリィの涙を拭(ぬぐ)った。涙の雫が煌(きら)めき輝く白い指先。
この時は単なる行為の昂(たか)ぶりだと思っていたリリィが、この涙の本当のわけを知ったのは、ララァを失ったあとだった。
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