小説、終末のヴァルキュリア 第九十三話 徒花⑤ を更新しました。
月の光に導かれて一匹の蝶がひらりと羽ばたく。鬱蒼(うっそう)と茂る木々、光は木を境に別(わか)ち暗闇の中、虫たちの祭りが始まる。一筋の蜘蛛の糸が月に濡れて輝いている。
その中一羽の蝶が森へと迷い込む、死に誘(いざな)う花の匂いを身につけて。
夜の寒さに凍(こご)え蝶は震えている、思わず野に放たれた孤独の寒さに耐えながら、月の灯に照らされるまま、花びらを求めて彷徨(さまよ)い舞う。
スカートをひらりと舞わし、黒い蝶が泣いている。独りぼっちの苦しさで、きらやかな脚が凍り付く。愛する花を求めて探し続けるが、もうこの世界には存在せず。闇の中、人肌の愛おしさへそっと手を差し伸べるように蝶は歩む。
彼女は孤独。リリィは傷ついた羽根でふらつきながら飛んでいく。
闇深くオオカミの雄叫びが聞こえてくる。どうせなら食べられてしまおうか、別にかまわない、これ以上傷つくなら、このままいっそ永遠になりたい。そう思いつつもリリィは歩みを止めなかった。
妖しく妖精がちらりとマントをはばたかせている。それをリリィは睨(にら)みつけた。
あの妖精はあたしの花を摘んでしまった、許せない。リリィは、力を振り絞って大地を蹴り上げる。一歩一歩、進んでいくと、そこは山頂だった。
風の声が聞こえない、虫たちが静まりかえり、光りが一本の木を照らし出す。そこには枝に絡みついたペンダント。月光で明るく金色(こんじき)に輝く。
リリィはその景色に見とれながら、何かを求めるように近づく。震える手で、枝に絡みついたチェーンを白く細い指先で少しずつほどいていく。そのペンダントを手に取ってまじまじと見た。
これはララァにあげたペンダント。ララァ、ここにいたんだね。零れる涙の雫。泣きながら、ペンダントを頬に寄せる。ひやりとした冷たい温かさに心を痛め、涙が止まらない。
大切に撫でていた拍子にペンダントのふたが開く。中から青い光が空に向かって広がっていく。それはレンカだった。わずか三日間だけの儚(はかな)い命が愛を求め彷徨う。光が舞い散り、夜を照らす。
「ララァやっと会えた。うれしいよ。ララァこの景色見てるよね、とてもきれいだよ――」
その刹那(せつな)、一発の銃声が、彼女の生命を切り裂いた。瞬く間にリリィの上半身と下半身とが二つに割れた。飛び散る赤い花びらのような鮮血の雨で、金色のペンダントが赤く染まる。リリィだった下半身が膝を折った。
そう、この美しい花も摘まれてしまったのだ。
月の光に青く輝くレンカ、赤く咲き誇る花、崩れゆくリリィ。青い光に照らされて、花びらは舞い散り、白い体を紅(くれない)の泉に沈めていく。
その光から森を越え、丘を越え、山を下り、また山を登り、森を越えて隣の山の頂に僕はいた。
約距離2000メートル。僕は、地面に伏せてバレットM107を射撃し終わった。
メリッサに、隣の山の山頂にリリィを誘導させ、ペンダントにレンカを入れさせて、レンカの光がリリィを照らした。その光によって僅(わず)かに現れた黒い影に向かって50口径の弾を叩き込んだ。
山から松明(たいまつ)の光が見える、メリッサの合図だ。どうやら上手く狙撃できたようだ。 山頂が光り輝いている、エインヘリャルの最後の光。風が前髪を揺らしながら、僕は松明の明かりを眺めて一言つぶやく。
「温(ぬる)いんだよ、だから死ぬ」
そう吐き捨てた。
日が昇り、ミランディアの街は太陽の光を浴びている。僕は疲れた体を宿で休める。ベッドで眠ろうにも寝付けない、体は睡眠をほしがっているのに。
メリッサがナオコを連れて部屋の中に入ってきた。
「眠っているのか? 佑月」
「起きているよ、メリッサなんだい?」
「市長が街を救ってくれたお礼を言いたいそうだ。盛大なパレードを用意して」
「そんな資格は僕にはないよ」
目をつぶる僕。
「せっかく感謝したいと言っているんだ、受けたらどうだ?」
「僕は、二人の女の子を不幸にした。例え敵であってもそれは変わらない。非難されることはあっても、賞賛される資格は無い。ただ僕は、守りたい物を守っただけだ」
目を開くと、メリッサが哀しそうに僕を見つめていた。
「わかった。私が上手く断っておく。今はゆっくりと休んでくれ」
「ああ、そうする」
僕は布団を肩までかぶる。メリッサがドアを開いたのだろう、金物が軋(きし)む音でそう理解した。
「パパ~街のみんなを守ったんだね、すごい!」
眠気で闇に落ちそうになるが、途端バタバタと音がして、ナオコの声で、目が覚める。この子はいきなり僕のベッドに飛び込んできた。
「ありがとうお嬢さん、これがパパの仕事だからね」
「パパカッコいい~! 私、パパのお嫁さんになりたい!」
「それは困ったなあ、僕にはメリッサが……!」
ふとドアを見ると隙間が空いている。銀色の髪の毛がちらりと見えた。
「僕はメリッサひとすじだからダメだよ」
「え~パパのいけず!」
「どこで覚えたんだい、そんな言葉」
「いいもん、隣のベッドで、一人で眠るもん」
「はいはい、お休み」
僕はやはりなんだか寝付けなかった。疲れた体をベッドで休めていると、メリッサが僕のベッドに入ってくる。
メリッサは僕の頭を柔らかな胸に抱き寄せた。
「佑月……。確かにお前は善人ではないかもしれない。それでも、多くの人々を救ったのは事実なんだ。私は、誇りに思っている」
その瞬間僕の意識は闇へと落ちた。僕はいつの間にか深い眠りに入っていたのだ。
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