終末のヴァルキュリア 第六十四話 青春時代① を更新しました。

2020年6月6日

「池田君、きみ今日も宿題やってこなかったでしょ」

 突然に教室で女子に話しかけられたので、僕は思わずのけぞった。セーラーの夏服に教室へと光が差し込んで、白くきらめいていた。

 艶やかで短く切った黒髪で、目鼻がくっきりとして、目が丸く大きく、まだ小学生のあどけなさを残した女子中学生はさしずめ、テレビに出てくる子役女優のような整った顔立ちだった。そんな娘に話しかけられたことなどまずない中学生の僕は、顔を見た瞬間思わず心臓がバクバクと音が出そうな勢いだ。

「日向さん…だっけ」

 彼女はむっとしてうなずいた。黒板の前でホームルームの時間にクラス委員長として、クラス内での意見交換や、日々の過ごし方、不満のまとめなどを仕切りつつ担任からの要望などを伝え、この教室をいつもまとめていたからこの娘の名字ぐらいは覚えていた。

「私、きみ、毎日宿題やってこないせいで先生に池田君のこと押しつけられたの」
「ご、ごめん……」
「何か理由あるの?」

 ただゲームしてて面倒くさかったなんて彼女に言い訳しても通じないだろうな、でも、正直に言ったところでなじられるだけで、解決にもならない、逃げ出したかったが、彼女はそれよりも早く僕に追いつくだろう、陸上部に入っているとホームルームで言っていた。

「勉強がわからなくて」

 事実だった、小学校ならなんとかなったものの、中学では僕の頭では授業についていけなかった。彼女は溜息をつき、前の席の椅子が空いていたので、通常とは反対向きに、つまり僕の方に向かって座って淡々と話し出す。

「で、どこがわからないの?」
「先生が何を言っているのかわからない」
「じゃあ数学の教科書出して」

 そう言って静かに僕にレクチャーし始めた、正直、先生に習うよりも教え方が上手かった委員長は、昨日の宿題を10分ぐらいで僕にプリントの穴埋めを可能にさせた。

「できるじゃない」

 そう言って僕のプリントを回収したので、まだ終わってないっと言ったが、彼女は笑って、

「合ってるよ、答え、じゃあ回収して良いでしょ」
「そうじゃなくて、ありがとうって伝えてない」
「えっ?……ああ、そう、どういたしまして、わからなかったら私に聞きなさいよ、教えてあげるから」

 夏服の美少女は片目をつぶって微笑んだ、その笑顔がまぶしくて、思わず僕は目をそむけてしまった。

 あの爽やかな美しさが忘れられなくて、土曜の放課後、この時の学校の土曜は半日授業だったが、腹を空かしながらぼうっとして廊下から、ぼんやり眺めるように運動場を見て、黒髪のショートカットの陸上着を着た女の子に目が向いた。‐‐日向さんだった。

 彼女は先頭を切ってジャージを着た陸上部顧問の前に引いてある白い線に勢いよく躍り出た。
息を切らし顧問にねぎらいを受けてきっと何気なしにだろう、3階の廊下の窓に向かって顔を向けた。

 彼女は何を思ったのか、手を振ってきたので、僕は何故か手を小さく振り返したが、廊下の横にいる女子が黄色い声を上げながら彼女に声をかけているのに気づいて、恥をかいたと思って、その場からそっと逃げ出した。

「昨日手を振ったのに、なんで帰っちゃうの!」
「えっ……」

 次の週の月曜の朝、僕は教室の席についた途端、凛とした声に驚かされた。

「だから、先週の土曜、君に手を振ったんだよ、次3年とガチンコでレースが始まったのにきみ、見逃したでしょ!」

 中学3年生と1年生の彼女が競争するなら見ておけば良かったとふと思ったが、そんなことよりも彼女の怒りを静めるのが先だった。

「ごめん、用事があったんだ。あれ、僕に手を振ってたんだ」
「そうだよ、せっかく友達になれて、応援してくれてるんだと思って、あいさつしたら、ささっと帰っちゃうんだもん、正直、気分が悪かった!」

 いつ友達ということになったんだろうかと首をかしげそうになったが、すれ違いだと説明したら彼女もすぐに怒りを収めてくれた。

「で、日向さん勝ったの?」
「ばっちり! この学校で私より速い子いないよ、夏の県体でトップ走るんだ」

「へえ、すごいね県の陸上体育大会あるんだ」
「そうだよ、夏休みになる一週間前の日曜日、きみ見に来てよ」

「え、どこでやるの」
「県民体育場、上町のほら」

「ああ、あそこ、僕の家に近いよ」
「応援よ・ろ・し・く・ね、じゃあね! 絶対来てよ!」

 日向さんは元気よく愛想振りまくと、僕も何だか行きたくなってきた、どうせ暇だし見に行くかな、その時はただの軽い約束で、まんまと大会の応援席に座っていた僕はただのお人好しだろう。

ただ、美しい笑顔が見たかっただけの僕が、彼女の涙を見ることになるとは思いも寄らずに……。

 

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