終末のヴァルキュリア 第六十七話 青春時代④

2020年6月27日

「日向さん……」
 これが現実なのかと、にわかには信じがたかった。

 目の前にいたのは中学生の頃、僕の初恋の人だった日向直子その人だった。

 僕が恋した、中学生そのままの姿で現れた日向さん。僕は急に淡い恋心を思いおこした。彼女を眺めていると急に中学生に戻った気分がしたのだ。

「池田くんがここにいるってことは、私と同じように死んだってことだよね。どう元気にしてた? まあ、今になっては変な言い方だけど。なんか連絡取れなくて、私、心配してたんだよ」

 本当は僕のせいなのにそれをなじる素振りはなく、ただ心配そうに日向さんは明るく話しかけてくれる。それがたまらなく心を痛ませた。

「ごめん、無精で本当はみんなと会いたかったんだけど」

 嘘だ。同級生のみんなと会いたくなかった。社会に適応できず、日本人の底辺の生活をしていた僕は、みんなと会ってその差を見せつけられて惨めな思いをしたくなかった。

 特に日向さんに合わせる顔がなかった、落ちぶれた情けない姿を見せたくなかった。ちっぽけなプライドが彼女との距離を開かせたのだ。
 
「池田くんかあ、思いだすなあ。そうそう、あれ! 私、弁当作ってあげようかって言ったでしょ! そうしたら、池田くんいらないって言うから、私、ショックだったんだよ。そこまで私の料理の腕を疑っているのかって。言っときますけど、家事全般できますからね!」

「ええ? 本当かなあ。信じられないなあ」
「ちょっと! きみ失礼ね! もうっ!」
「ははっ……」

 嘘だ。僕がいつも昼食の時間、パンを買って食べているので、彼女は気を利かせて僕に「弁当ぐらい作ってあげてもいいよ」って、言ってくれた。

 涙が出そうなほど嬉しかった、僕は貧乏で母から弁当を持たされることもまれだった、貧しい家庭で、農家でもない限り、肉を買うより野菜を用意することが難しい、本当に天にも昇る心地だった、彼女の手料理が食べたい。きっと口に運んだら目を潤ませながら喜んだだろう。

 でも、僕は内気で恥ずかしくて断ってしまった、本当のところ食べたかった。でも、子どもだった僕は、そういう恋愛的なことに持っていかれるのは苦手だった。もし、クラスメイトにからかわれたらどうしようとか、僕は考えてしまった。あまりにも愚かで救いようのない自分が嫌になってしまった。

 あの時素直になっていればと何度も何度も後悔していた。

「他にはそうそう、ウェイトリフティングのとき。私が陸上部で体を鍛えるために50キロのバーベルを持ち上げていたときだよ。思い出すなあ池田くんのズボンのチャックが開いてて。私、びっくりして、バーベルを池田くんの足に落としてしまったんだよね。あの時本当にゴメン! 足とか大丈夫だよね」

「あの痛みは、終生忘れないと誓ったよ」
「もう、ごめんってば──」

 嘘だ。僕の足にバーベルを落としてしまった後、病院に運ばれた、そのあとすぐに母が飛んできた。ねちっこい母だ日向さんをなじってやろうと息巻いていた。

 そんな空気の中静かに、彼女が入ってきて、「このたびは大事な御子様を傷つけてしまって申し訳ありません。この責任は絶対とりますのでお許しください!」と丁寧な言葉で、全力で頭を下げた。

 あの人気があって美人の日向さんが僕のために頭を下げている、こちらが申し訳ない気分になってしまった。

 母はあまりの迫力で日向さんがあやまるので何も言えずにいたのだ、僕は彼女の清廉潔白な純粋さと生真面目な誠実さを感じて、ますます好きになった。

「池田くん、卒業の日わりとあっさり別れたよね。私、ショックだったなあ。もう二度と会えないかもしれないのに、君と結構仲良かったんだけど、おいおいそれだけかよっ! って」

「そんなもんじゃない? クラスメイトって」

 嘘だ。 
 実は何度も告白の言葉を考えた、日向さんと別れると思うと心臓が張り裂けそうで、何度も男になろうと、自分を変えようとした。

 そして、卒業の日の一ヶ月前から、何度も練習した告白シーン。好きだ。その一言が言えればそれでよかった、断られてもかまわない、好きだ、僕の心の叫びを聞いて欲しい。好きだ、その一言が言いたかった。
 
 そしてその日がやってきた。これが最後になるかもしれない、永遠に会えないかもしれない、そう思うと上がってしまった。

 口を開こうとする。でも言葉が出ない。何度も練習したのに何故開かない! なんで!
そう思っているうちに別れのシーンがやってくる。にこやかに別れを言う彼女、愛しい人に贈る言葉、震えてくる唇から辛うじて言えた言葉それは──

「さよなら日向さん」

 家に帰ったあと僕は泣き続けた、なんで言えなかったんだ! 自問自答の日々、それでも彼女から電話が来た。しかし、僕は受話器を取らなかった、もし、彼氏ができたと言われたらそれが怖かった。怖くて怖くてたまらなかった、結局放置しているうちに連絡は来なくなった。

 そのあと僕は何度も彼女の顔を思い出していた。彼女の瞳、彼女の口、頬、まつげ、はな、まゆげ、髪型。何度も何度も写真のように頭の映像に植え付けていた。 彼女の写真は押入れの段ボールの中にしまっている、あまりにも好きで見ることができなかったからだ。

 それからというもの、つらいときや苦しいときは、頭に植え付けられた彼女の写真を思い出していた。彼女がどう笑うか、どう怒るか、どう哀しむのかすべて映像となって頭で再現していた、その彼女が、日向さんがここにいる。

「……なんで中学生の頃の姿をしてるんだい、確か結婚したって手紙来たけど」
 本当は今すぐにでも抱きしめたかった、でも僕はそれができなかった。

「ああこの姿ね、どうやら魂の姿って精神年齢が関係するみたいで、私、中学生のまま成長しなかったみたいね、我ながら自己嫌悪、結婚のことは……」

 急に彼女が口ごもった。何かあったのだろうか、興味半分、怖さ半分。
「どうしたの?」

 僕が静かに尋ねると、重そうな口を開いた。
 
「彼とは別れたわ、どうやら私と結婚したときに別に好きな女がいて付き合っていたみたいなの、私、許せなかった。私の肌に触れずにほかの女の肌に触れていたなんて。

 きみには隠していたけど、私の両親、離婚しててね、原因が浮気。それから私はお母さんと二人っきりで貧しい生活しててね。もう苦しいのなんの。浮気なんて聞くのも嫌。だから別れた。

 彼のことはもう別にどうでもいいわ。私を愛してくれなかった人なんてどうでもいい」

「……そうか」

 僕の心臓の音が山彦となって周りに響いていないか気になった。これを聞かれてはならない、そのはずだ。

「それで、気晴らしに海外旅行に行ったら飛行機がテロリストに占拠されて自爆テロ。私ってなんでついてないんだろう。池田くんは?」

「僕も日向さんと同じ感じ」
「なによそれ、自分だけごまかすなよー、このっ、私だけ話して恥ずかしいじゃない!」

「はは……」

 僕が乾いた笑いをすると、少し日向さんは考え込み、真正面からうるんだ瞳で僕にうったえてきた。

「ねえ、運命って信じる?」
「えっ」

「私は信じてるよ、こんな異世界で、仲の良かったクラスメイトの二人が、大人となって出会う。たぶん、必然。ねえっ、こうなったら私と付き合ってみない?」

 まるで天使のように微笑む日向さん。僕は何も言えなかった、言葉に詰まってしまった。だって、今の僕にはメリッサが……。

「何かこの世界って孤独じゃない。私寂しかったんだ。そしたら池田くんと出会っちゃって、昔のこと思い出してね。いいでしょ、私はかまわないよ、佑月くんのこと気に入ってたし、今の佑月くん、とってもダンディーでカッコいいし。だまされたと思ってほら! 私尽くすよー」

「僕は………………」

 何も言えなかった。もうすでに僕には彼女がいること、将来を誓い合った人がいることを言えるわけないじゃないか、あの日向さんに!

 そうやって迷っているうちに、叫び声と足音が聞こえてきた。運命……、そうこれは運命なのだ。

「おーい! 佑月! 大丈夫か!?」

 メリッサの声だった──

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