終末のヴァルキュリア 第六十九話 不器用な愛②

2020年7月11日

「え………………? うそ……。うそ……だよね?」
 日向さんは言葉を詰まらせ、身を強張らせた。

「嘘じゃない私と佑月は付き合っているんだ」
 メリッサが畳みかけたため、僕はいたたまれなくて目をつぶったのであった。

「あは……あはは! そっかー! そうなんだ……ああそうね、私、お邪魔虫ということだよね。そっかー! それじゃあ仕方ないよね、……ははは……」

 すっと頬をつたう日向さんの涙。冗談じゃなく本気で僕と付き合う気だったんだろう、僕の心臓が鷲頭かみにされたように苦しかった。ときどき聞こえる嗚咽(おえつ)、彼女は抑え気味に泣いていたが、こらえきれなかったのだろう。

「もう無理」

 そう日向さんは、つぶやいた。

「ねえ、佑月くん。私を殺して……」
「な、何を言ってるんだそんなことできるわけないじゃないか!」

 彼女の突然の言葉に動揺せざるを得なかった。日向さんを殺す、無理だ、彼女はエインヘリャルとはいえ日向さんなんだ、日向さんなんだよ。

「どうせ枠はもう、狭いんだし、いいよ」
「一緒に戦おう! そして生きて日向さんに、ふさわしいひとを見つければ、いいじゃないか」

「そんなの無理よ! このすべての世界が終わるのよ! 残るのは12人だけ、その中に私の運命の人がいるって言うの!」

 どういうことだ? 12人が生き残るという戦いとは聞いていたが、世界が終わるって意味が解らない。彼女が動揺しているのかそれともメリッサが告げていないことがあるのか。

「私、もう疲れちゃった。私が来たのは10年前のこの世界。殺したのは3068人
すごいでしょ、いっぱい殺したよ。ねえ、頑張ったでしょ? でももう、無理なんだよ。孤独な世界なんてまっぴら、世界が美しいうちに、お願い殺して……」

「そんなこと僕はできない!」
「私は佑月くんに殺して欲しいの、お願い……私を友達と思っているならお願い……」

 彼女決心は揺らぎそうになかった、僕が殺さなくても日向さん自身で自分を殺すだろう。なら、せめて僕にできることは──

「──わかった、どうやって殺せばいいんだ?」
「佑月!」

 メリッサが叫んだ。わかってるんだよ、そんなこと僕がしたくないよ、でも、僕は日向さんよりメリッサを選んだんだ、日向さんを幸せにすることはできないんだ、この出会いは罪の運命、日向さんに思いを馳せながらメリッサを愛したのだ。罪なら罰を受けなければならない。

 僕は日向さんと約束するよりも先にメリッサに約束したんだ、永遠を誓ったんだ、駄目なんだよ、日向さんははっきりした女性だ、あいまいな行動は彼女への侮辱なんだ。彼女を選べないのならけじめをつけなければならない。

「ねえ、上乗りになって首を絞めて。そうしたら佑月くんの顔を見て死ねるから……」
「わかった……」
「佑月……」

 もう後戻りができないことが悟った、メリッサは目を潤ませている。

 僕はそっと優しく日向さんの首を絞めた。

「それじゃダメ……もっと強く……」

 何をしてるんだ、相手はあの日向さんだぞ、日向さんの首を絞めるなんて、でもやらなきゃいけないんだ、そうじゃなきゃ日向さんの名誉が傷つけられる、彼女を女の敗北者として汚すことなんて僕にはできない。僕たちの出会いに対して、同情したのだろうメリッサは涙を流している。

 きつく日向さんの首を絞めた。彼女は苦しむ様子もなく微笑んだ。

「そう……それでいい……上手だよ……佑月くん」

 頬を染めて少しずつ日向さんの呼吸が乱れる、美しかった、恍惚な表情に見とれながら手が吸い付いたように彼女の首から離れない。何故こうなったんだ、彼女は僕の大切の人のはずだ、切れがたい絆があったはずだ。それなのになんで!

 必死で首を締め付け続けていた。僕が体重をかけると日向さん背筋を伸ばし喘いだ。

「とても……気持ちいい……いいよ……素敵……こんな死に方……」

 素敵なはずがあるか! 僕は彼女を殺したくなんかない! むしろ幸せにしたかった。それなのに!

 最後に細く首が折れるくらいに締め付けた。日向さんは陶酔しきっていた、彼女の持ち合わせた苦しみが快感に変わるこの行為、そのうちに、苦しみが逃れられる間に、彼女を僕は、僕は彼女を殺す。

「嬉しい……貴方と会えて……良かった……ずっと孤独で、寂しかった。……だから嬉しい……こんなにも佑月くんに見つめられたまま……いけるなんて………………ありがとう……

…………………………私の初恋の人」

 そう言って日向さんは壊れた。

「うわあああ────────────────っ!!!」

 僕は全身から声をあげ、震えた手で銃を彼女の胸に当てる、最後の1発、その一発を日向さんの胸に打ち込んだ。
 
 優しく幸せそうな寝顔。まるで眠れる森の少女のようだった。朝日が黒髪を照らし、少しオレンジ色に輝く、静かだ、美しい人形はもう目を覚まさない、彼女だった体から光の玉がこぼれていく。僕は日向さんの亡骸を抱き上げ、朝日に向かってメリッサに背を向ける。

「お前の初恋の人……だったんだろ……?」
「メリッサ、……僕を一人にしてくれないか」
「わかった……」

 朝日が僕たちを照らし続ける。日向さんは光り輝き、羽の生えた天使のようだった。僕は一人泣き続けた、メリッサにこの涙は見せたくない、好きな女の人のために流す涙を、愛している人に見せたくない。この想いは僕の胸にしまっておく。

 すまない日向さん……、君との思い出は僕の宝物だったよ、きみをこんな状態で抱きしめたくなかった。
 
 僕は宝物をそっと胸の奥にしまい込む。彼女の亡骸が光となって消える。僕はその場に泣き崩れた。

────────────────────────────────────

 僕は中学校の卒業式を迎えた、僕の胸に秘められた言葉、想い、全部彼女にぶつけたかった。ちょっとした勇気それが僕には必要だった。

 彼女の名前は日向直子、大人びた女の子でとても美人で男子に人気がある、鈍くさい僕を色々世話してくれている素敵な人だ。僕は彼女に恋をしている。高校を卒業するともう二度と会えないかもしれない、だからこの想いをぶつけなきゃ。

 教室の中、僕は日向さんの前に立つ。

「もう卒業だね……」
 彼女はつぶやく。

「いろいろあったけど、この三年間楽しかったね。ありがとう佑月くん。高校生になっても連絡取り合おうね」

 僕は緊張して何も言えない、彼女の前で固まっていた。

「あの……」
「それじゃあ佑月くん、バイバイ……」

 彼女が立ち去る。言わなきゃ言わなきゃ言わなきゃ!

 時がゆっくりと流れ僕の目の前から遠ざかっていく、彼女が教室から姿を消そうとしたその瞬間。

「あの!」

 僕が叫ぶ、彼女がゆっくり振り返った、そして……

「好きだ……」
「え……?」
「僕は日向さんのことが好きだ!」

 教室のクラスメートが全員こちらを向く。日向さんは顔を赤らめながら、わあっと泣き出してしまった。僕はどうしていいかわからず、困惑していた。

「日向さん、あの……」
「……ぅ……っ、わ、私も佑月くんのこと好きです……ずっと言えなかったけど、ずっと好きでした。……ありがとう佑月くん」

 教室から歓声が沸き上がった。僕たちは恥ずかしそうにしていると手荒い歓迎を受けた。なんだかこそばゆく僕はただ笑っていた、直子も笑っていた。これが青春、青春なんだ。

 高校になったら直子とは別の学校だ、でも今はスマホがある、一日中つながっていられる。彼女とデートの待ち合わせだった、直子を待っていると黒い髪の外国人に道を尋ねられた。言葉が通じなかったが、僕は身振り手振りで居場所を伝えた。そうしたら、直子がやってきた。

「おーい佑月くん!」
「こっちだよ直子!」

 直子は走ってやってきた。

 息を切らす直子、彼女の汗がまばゆく輝いていた。

「……今の女の人誰?」
「道を聞かれただけだけど」
「本当ー? 浮気じゃないでしょうね」

 直子はこう見えて嫉妬深い。だから僕は浮気しないよういつも気をつけている、当然だろ愛しているんだから。

「違うよ、僕が愛しているのは直子だけ」
 ふーんとうなり、眉を上げてこちらを見ると、いきなり唇を近づけてきた。

「浮気は許さん。私の唇を忘れないように」

 そうして甘い口づけをする、そして直子と腕を組む、傍から見ればバカップルだが僕たちは幸せだ。

 僕たちが社会人になると、仕事ほしさに都会へと向かった。地方では仕事がない。見慣れた場所から離れて少し不安だったが、直子が一緒だから平気だった。実は彼女と同棲していた。仕事は精神的にきつかった。だけど直子がいつも励ましてくれ、時には褒めてくれる。

「すごいじゃない佑月、やったじゃん。だから愛してるんだな、へへ」

 そうして彼女は口づけしてくれた。愛してるその言葉でどんな敵とも戦えるような気がした。

 20代中頃、僕と直子の子どもができた。最初は戸惑っていたものの順調に成長している。僕は直子の支えで仕事を頑張って中小会社に就職できた。収入は厳しいがなんとか直子がやりくりしてくれている。子どもが幼稚園に入る頃には、直子はパートをして、家庭を支えてくれた。

 そしてある日、
「パパー見て」

 僕たちの娘が走ってやってくる。直子そっくりの僕の愛する我が子。この子の走る音に胸が躍る。

「幼稚園で絵を描いたの、パパとママの絵」

 そこにはパステルカラーで、家族みんなの笑顔の絵が描かれていた。あまりの嬉しさに僕は天国にいる心地だった。

「パパー」
「なんだい?」
「パパ、いつもお仕事ありがとう!」

 胸が熱くなった。最高だった。直子もその絵を気にいって額縁に入れて壁に飾っている。そしてそれを見ながら
 
「佑月、きみの事、愛して良かった」
「僕もだよ直子」

 娘に見られないようにしながら熱いキスをする、この愛は永遠だ、この幸せをずっと守っていく。そう僕は誓った。
 
 
─────────────────────────────────────

 僕は一人山の中、そういう夢を見ながらただ泣いていた。

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