終末のヴァルキュリア 第七十一話 新たな街

2020年7月25日

「風が気持ちいいー」

 柔らかな銀色の髪の毛を風になびかせながら、メリッサは僕のとなりで馬車の揺らぎに身を任せている。僕はそれを眩しそうに見つめていた、彼女だけは失ってはならない、メリッサは僕のすべてだ。

 実は正確には馬車ではない、馬役はケリモという動物で、形は大きな犬みたいだ。茶色い毛と灰色の地毛が混じっており、足は図太い。四つ足を綺麗に並べて、力強く馬車を引っ張っている。

 先ほど道中にケリモ小屋があり、メリッサが交渉した結果、次の街まで引っ張ってくれるそうだから、僕たちはお金を払って乗った。

「頼んで良かったね」

 メリッサがリズミカルに首を振りながら明るい声で軽く歌を口ずさむので、自然に僕の表情も朗らかになってしまう。

「私が知っている馬車はガタガタ揺れながら、スピードが遅くて、気持ち悪いものだと思っていた。でもミッドガルズの馬車は違うものだな。頼んで良かった」
「次はどんな町なんだい?」

「コルンって言って、町自体はそんなに発展していない。でも、周辺の作物が豊富で、私の料理の腕が試されるところだ。楽しみにしてろよー」

 その言葉に胸が熱くなった。こんな気持ちのままで一人食事をとっても、のどをするりと通るはずがない、温かいスープが今の僕に必要なんだ、メリッサの手料理の。くたびれた胃に愛情料理ほど、効き目の良い薬はない。

 メリッサが僕の肩に頭を乗せる。

「どうしたんだい? メリッサ、酔ったの」
「ううん、こうやって静かにして居られる時間が幸せだなあって」
「そうだね」

 暖かく柔らかいからだ、吐息、絹のような銀色の長い髪、それらが僕をやさしく心を包み込んでくれる。わかっている、メリッサは感情表現が、お世辞にも上手ではない、僕の喪失感を埋めようと、自然にふるまってくれる、それが何よりもありがたかった。慰められても、取戻しのつかない過去ができてしまった。これが生涯付きまとうなら、隣に彼女がいないと自分が崩れてしまうもろさがあった。

 少し自然の流れに体をゆだねていると、ケリモ馬車の手綱を握った中年の男は、僕たちに何やら尋ねてきた。

「お二人さん夫婦かい?」
「ええそうです。わかりますか?」

 メリッサが明るく対応する、むろん僕には理解できない現地語で。

「そうかい、若いっていいね」
「ふふふ、ありがとうございます」

 メリッサが髪をかき上げ、ちらりと見えた白い肌と潤ってきらめくピンク色の唇に、情欲がわいてしまった。

「何の話をしてるんだい?」
 欲情を隠そうと自然を装ってメリッサに僕は言った。

「君たちは夫婦ですか、だって。もちろん、イエスと言ってしまった、そうだろ」

 夫婦か……、そうでなければならない彼女のためにも、後戻りはできないのだ。

「もちろんそうだよ。僕は夫で、君は僕の妻だ」
「そう、嬉しい」

 そういって彼女は指を交差して手のひらを天にかざし、うんと小さな体を伸ばし、頬を染めた。あまりに愛しく見えて、僕は目を背けた。

「結婚式、どこがいい?」

 今度はメリッサが尋ねてきた、考えてみたが、そう言えば結婚式ってどうやるんだろう。この世界のことなんてわからないし、新世界のことなんて神の心の中を見ない限り知っているものは存在しないだろう。
 
「君に任せるよ。こういうの女の子のほうが詳しいからね」
「そう? わかった。考えておくからな。覚悟しておけよー」

 僕は身を引き締める。ひと家族の長だ、必ず幸せにしてみせる。そうであるべきなのだ、そのために戦っているんだ。

「式のほう、考えておくから。後は家族構成だな」
「え、家族構成かい。そこまで考えるの」

 あまりの急な話に、心は現実感を取り戻した。森が行き、雲が来る。なら子もできるだろう。

「人間になった後、どんな家庭にするか、あらかじめ考えている必要があるだろ。私はなあ、子どもいっぱい欲しい」

 なかなかリアリティーがある会話になってくる、男としては現実的にどうなるか想像できないが、女は子を孕み産むのだ、しっかりと考えないといけないな。

「いいね。僕がどれくらい、稼げるかわからないけど、君の欲しいくらいまで、頑張るよ」
「本当に楽しみだ、ちゃんと育てるから心配するな。それよりも稼ぐって、どういう意味だ? 狩りに出て捕ってくればいいだろ。後は農業とか……」

 そうか、新世界が日本とは限らないから、別に稼ぐ必要もないか。それならできるかも、今の通りやればいいのだから。広がる大地に僕の子を抱えて農作業を手伝う妻、昼になれば、温かいご飯が出てきて、夜になれば、温かい家族と広いベッドに寝そべる。素晴らしい光景ではないか。

「そうだね、僕も頑張るよ。父親らしいところをちゃんと見せておかないとね」
「そうだ、子どもには父親の背中が必要だぞ。大変だぞー」

 いじわるそうなトーンに僕は苦笑する。それを見て彼女が和やかに笑う。優しい風が吹いている、そうやって僕たちはゆっくりと次の街へと移動していた。

 町に着いた、確かコルンと言っていたな。人はまばらで中世ならそれなりに立派な町なのだろうが少し寂しく思えた、この世界の建物は少し情緒にかけている。やけに生活感が感じられない。とりあえず、ケリモ車と別れて町を眺めていた。

 メリッサはこの町の地図を見て、大衆食堂に行こうと誘ってきた。作物が豊富だからメリッサも料理勉強したいのだろう、僕たちは大衆食堂に向かう。

「うーん、これとこれ。後これもお願い」

 メリッサは壁に書かれた注文を選んでいく、うんうんと15分ぐらい考えてやっと決めた。

「どうして今回は選ぶのに時間かかったの」
「ああ、いろんな料理の作り方を参考にしようと、私が興味ありそうな奴を頼んだ、佑月は気に入らないだろうが」

「別に何でもいいよ。僕はメリッサの料理以外全部、どうでもいいから」
「上手いことを言う。楽しみにしていろよ」

 どういう意味だ……? 30分ほど時間を待つと食事が運ばれてきた。色とりどりの野菜のスープ、芋みたいなものがちりばめられた野菜炒め、これは……何の肉だろう。よくわからない肉が燻製にされてでっかく中央に置かれている。

 食べてみるか。包丁で切り目が入れられており、これを二人で分けて食べるのだろう、だが量が多い、手でちぎって食べると、とろとろと肉汁が手にまとわりつく、食欲がそそりそうな見た目をしていたので迷わず口に運んだ。

「ん? なんだ、これ。何の肉だ、メリッサ?」
「ケリモの肉だよ」

 僕は咳き込んだ。あの獣か、あれを見させた後、それを料理に選ぶとは、流石、メリッサだ、サディスティックな彼女を持って僕は幸せだよ。子供が真似するからこの性格を矯正しないとな。

 野菜のスープにパンをちぎってスープにひたして食べる。う~ん普通だ。

「うん、こうやって作るのか……」
 メリッサは何やら考え込みながら食べていたが、突然こちらを見て尋ねてくる。

「ここの料理どう思う」
「さあ、わからないよ。メリッサシェフに比べれば並みじゃない?」
「楽しみにしていろよ」

 ふふふといかにも楽しそうに笑いながらこちらをじっと見る。ケリモの肉はやめてくれ。

 僕たちは大通りを歩いている。人もまばらだが、まあまあ賑わいを見せていた。衣装も田舎っぽい、大都市に比べていると、垢抜けていなくて少し物足りない、メリッサはというといろんな食材を買い込んでいる。僕はそれの荷物持ちだ。

 もう慣れたけど、男というのは、この待ち時間が暇で大変だ、何しろ電化製品がない、男が好む商品はこの世界に売ってないのだ。退屈そうに少し周りを見ていると、キョロキョロ見渡しながら、市の作物を物欲しそうに、見ている子どもが居る。

 小さな女の子だ、歳は5歳ぐらいかな、服はボロボロのワンピースだ。僕はちらりとのぞかせた女の子の顔を見て息をのんだ。
 
──あの娘、なんだか日向さんに似ている……。

 ……いやそっくりだ!

 そしてその娘は、だまって赤い果物を、服に隠してそのまま逃げようとしていた。店の主人がちらりとその子を見た、まずい!

「待て!」

 僕は叫んだが、案の定、店の主人に捕まってしまった、この子の顔を見ていると心が痛む。割って中に入ろうと、荷物を置いて、急いで向かう。

 その甲斐はまるでなく店の主人は手を振り上げて、その娘を殴った。──日向さん! 心の中で叫んだ。

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