終末のヴァルキュリア 第七十二話 判断

2020年8月1日

「おい、やめろ!」

 僕は男の店の主人の腕をつかみ、幼女との間に入って暴行を止めた。衝動的な感情に駆られて体は理性ではなく情で動いていた。

「なんだあ、てめえ。外人か、すっこん出ろ!」
 男の店の主人に殴られた、だが、僕は負けじと体当たりで大の男を転ばせた。騒動で市場がざわめく。

 男の主人は立ち上がり、殴り合いのための構えをとる。僕は両手を広げ幼女をかばうように立ち塞がった。

「どうしたんだ? 佑月! 何をやっている」

 メリッサが飛んできて仲裁に入り、店の主人に向かって冷静に子細を問うた。

「どうして連れを殴ったんだ。場合によっては容赦しない」

 後ろに下げてあるショートソードの刃を男に見せ、メリッサは牽制する。

「とんでもねえ! こっちは被害者だ。そこのガキがうちの商売品を盗みやがった、それを咎めていたら、いきなり外人が横やりを入れやがった」

「そうか、なるほどそういうことか。代金と慰謝料は支払う。ほら」

 メリッサは剣をしまい腰に下げている袋から硬貨を払った。未だに、周りはざわめき続けている、僕は幼女の手を引っ張って脇道へと入った。

 日向さんに似た幼女は美味しそうにリンゴのように赤く少し楕円になった球体の果物を食べている。僕と幼女は通りの低い敷石を椅子にして座っていた。

「おいしいかい、そうか……」

 僕は幼女の頭をなでる。こそばゆいのか、照れているのか、少しモジモジしている。

「ここにいたのか」
 メリッサがやってきた。眉をひそめ、予想通り不快そうな表情を浮かべている。

「すまない、メリッサ。迷惑かけたな」
「それはいい。だがわかっていないようだな」

 また、お説教か、他人を救うなど考えるな、自分の愛するものだけを守れ。彼女の原則を事細かに、雨あられと言葉を浴びさせられるのか。いいよ、たまには良い刺激だ。

 メリッサが何やら言いにくそうにしている。

「私が言いたいのは……その……」
「なんだい? はっきりいいなよ」

「その子ども、エインヘリャルだぞ」

──えっなんだって……エインヘリャル、この娘が……?

「……ははっ、嘘だよな?──」

 僕は信じられなかった。ボロボロの服を着た女の子がエインヘリャル? 今も男の店の主人に一方的に殴られていたのに。

「疑っているようだが本当だ。その娘はエインヘリャルだ」

 畳みかけるようにメリッサは言い、こちらをにらみじっと何かを催促している。まさか……。

「もしかして、この幼女を僕に殺せと言うわけじゃないよな」

 僕は少し怒りで震えていた。メリッサへじゃない、運命への怒りだ。

「直接的な表現はしたくない、お前に任せる」
「言ってるじゃないか!」

 感情的になった僕は勢いよく立ち上がる。ふと、日向さんと重なった女の子をみた。不思議そうに、大きな黒い瞳でこちらを見ていた。僕がそれに気づいて視線を向けるとこっちの会話の内容を理解できたのか静かにうつむく。

「じゃあ言わせてもらうぞ! 枠は十二しかない。絶対にその娘は生き残れない、真っ先に消されるだけだ。それでもお前、その娘をかばうのか。せめて優しく、その……眠らせてやるのが、本人のためだ」

 最初は勢いよく声を出したが、徐々に小さくなる。
 僕は声を張り上げる。

「そんなのわからないじゃないか! この娘が生き延びる可能性があるんじゃないのか! それを勝手に殺せなんてメリッサらしくない」

「私らしくないだと! お前は今会ったばかりの子どもを何故かばう。それとも何か、お前が面倒みるのか? そいつが何か強い能力を持っているのか? じゃないだろ。わかってくれ……お願いだから」

「子どもが欲しいってメリッサは言っていたよな? 他人の子どもは殺して平気なのか。そういう女だったのか」

「違う! 私だって……。でもな! こうなってしまったんだろ、仕方ないだろ!」
「仕方ないなんて言葉じゃ、片付けられない問題だろ! 一人の幼い子を僕のこの手で殺せって言ってるんだぞ」

「それじゃあ日向直子が浮かばれないな……」
「何だって!」

 その言葉だけは許せない、たとえメリッサでも。僕は確かに日向さんを殺した、でもそれは彼女がエインヘリャルだからという理由だけじゃない。彼女のことを考えて決断したんだ。

 彼女は疲れていた。十年間も孤独の中、戦い続けたんだ、同じエインヘリャルだから気持ちがわかる。こんな言葉の通じない世界じゃあ、何の生きがいもない、ただエインヘリャルを殺すだけだ。彼女の葛藤、苦しみ、絶望が身に染みて理解できた。

 それに、彼女よりメリッサを選んでしまったこともある。日向さんは僕を好いてくれていた。それなのに彼女を捨ててしまった以上、けじめをつけなければならなかった。新世界で彼女だけ独り、そんなみじめにすることにさせるなんてできなかった。

 だから、僕は苦渋の決断で日向さんをこの手で殺したんだ。決して簡単な気持ちじゃなかった、それはメリッサも、わかってくれているはずだ、それなのに!

「とにかく僕は賛成できない。この子には未来がある。それを奪う権利は僕にはない」
「今更何を……? ──ん? その子……誰かに似ているな……」

 僕は心臓が胸から飛びだした心地がした、僕の心がのぞかれてしまったのだ。そうだ、この子があまりにも日向さんに似ていて純粋な瞳で見るから……。張り詰めた空気の中、僕たちは沈黙する。

 日向さんに似た幼女は果物を平らげ、笑顔でこちらを向き、

「おいしかった。バイバイ」
 と言って、陽気に手を振りこの場から離れる。トコトコという軽いという音がした。ただその音だけが鳴り響く。

 僕たちは何も答えを出せないまま、ただ沈黙しているだけだった。

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