終末のヴァルキュリア 第七十三話 判断②

2020年8月8日

 夕食はメリッサが作ってくれた。緑、橙、赤、紫、色とりどりの野菜の入っており、肉汁たっぷりでこってりとした角肉が浮いている、見るからに美味しそうなスープだ。

 この時代の硬いパンはもう慣れた、これを我慢すれば僕にとって最高級の料理が味わえる、そう宿の部屋でメリッサが運んできてくれた食事をとろうとしていた。
 
 夕闇に佇む石造りの家々を見ながら、スープを木のスプーンで口に運ぶ。最初は肉の味と酸味、その後に甘いうまみが口の中に広がっていく、いっぱいのスープに豊穣の大地の温かさを感じた。その包み込むやさしさの味がスープの甘味となって野菜一個一個を結び付けて、ハーモニーを奏でていた。
 
「どう? 美味しい?」
「流石メリッサシェフ。五つ星レストランの気分だよ」
「また上手いことを言う、今日は一人で食事してくれ。私は少し食事の片付けしてから食べる」

「へえ、これまた、忙しいね」
「キッチンを借りてる立場だからな、金を払って借りてはいるとはいえ、義理は通す必要がある」
 相変わらず生真面目な奴だ。まあ、そこが好きなんだけど。

「うん、それじゃあ頑張ってきて」
「任せろ!」

 そう言って駆け足で部屋を出ていった足音が鳴り響いた。

 その小気味よい音に反し、僕の心は落ち着かなかった。あの女の子はどうしたのだろう? 今頃また、おなか空かしていないだろうか、あの子がエインヘリャルならこの世界の言葉が通じない。

 ともすれば、物乞いすらできない。今頃孤独で寂しがっているんじゃないか。
 
 胸がさわさわとうずく。僕はスプーンをトレイに置き、立ち上がり、メリッサの料理を持って、部屋の外に出ようとした。

「どこへ行く?」
「メリッサ……」

 扉の横にメリッサが張り付いていた、目をぐっと閉じている、さっきの足音はカモフラージュだったらしい。

 僕の心がこごえる寒さで凍てつく。女の勘は恐ろしいものだと、息をのむ。
 
「ちょっと外の景色を見たいと思って」
「スープを持ったままか?」

「外で料理を食べたい気分なんだ」
 僕が道理の通らない言い訳を告げると、軽くため息をつきメリッサが目を開く。

「なら、夜は寒い。スープで温まるのも良いだろう。子どもが盗みなどして殴られるような目にも合わないだろうしな、良いことずくめだな」

 もはや笑うしかない。僕の笑い声は乾いていた。

「メリッサ……」
「行ってこい、お前のやりたいようにしろ」

 僕の体の緊張が解ける。メリッサ、やっぱり君は最高だ。

「それじゃ」
「全く……はあ……」

 大きく彼女はため息をつく、メリッサの温かい愛情のこもったスープが冷めないうちにあの娘に届けないと。

 僕は駆け足で宿の階段を降り、扉を開け外に出た。

 さて、どこから探せばいいものか、とりあえず、まえ会った街道に出てみよう、しかし市は閉まっており閑散としている、ここではないか。

 それじゃあ一緒に座ったあの脇道はどうだろうか、駆け足で向かう、この寒い中じゃスープが冷めてしまう、メリッサの母の温かさをあの娘にわけてやりたい、この寒い世界で凍えてしまう前に。

 前の脇道に入るとあの娘が居た。石畳に置かれた馬の彫刻に横のりをして足をぶらつかせていた、間違ようもない、日向さんの顔をしているから。

 僕は女の子に視線を合わせて明るいトーンで声をかけた。

「やあ、夜は冷えるね」
「うん、そうだね」

 石造の馬から足をパタパタとばたつかせている。

 僕はその娘の隣に座った。
 
「良かったら、食べなよ、おいしいよ」

 メリッサの手料理のトレイを女の子に差し出す。

「いいの?」
「いいから、お食べ」
「おじさんは?」
「もうお腹いっぱいだよ、ほら、一口でいいから食べてごらん」

 すると日に照らされた向日葵のような満面の笑顔で、

「ありがとう!」

 メリッサの手料理を受け取り、木製のスプーンでスープをひと匙すくう。そして鼻にもっていき、「いいにおいー」とつぶやき、うれしそうにこちらに本当に食べていいものかと目でうったえていた。

「冷めないうちに、ほら」
「うん!」

 女の子はスープを口に運びすぐさま、「美味しい! こんな食事初めて! 甘~い」
と声を上げ、頬を赤く染めながら元気にスープとパンを食べる。湯気だった食事に右肩が上がり、顔を右に傾け、頬を肩でなでる。
「そうか、良かった」

 僕は笑いながら女の子の頭をなでた。良かった彼女の愛情がこの子にも届いたんだ。

「君、名前は?」

 幼女は横に首を振る。

「もしかして名前覚えてないの」

 女の子は頷いた後、不思議そうに首を傾ける。

「ヴァルキュリアって知ってる?」

 またもや横に首を振る。

「知らないか……」

 どういうことだろう、エインヘリャルはヴァルキュリアが導くはずだ、この娘を放っておくわけない、この娘は何かの手違いでこの世界に来てしまったのだろうか。

 どうしたものかと思いながら、リスのように体を丸めて嬉しそうにメリッサの愛情手料理を頬張る姿を見て、頬が緩む。

「おいしかった」
 少女は足を大きくふり上げ馬から立つ。

「ねえ、ちょっと待って」

 僕は一度立ち上がって、腰を折る。メリッサの言葉が思い出される。

──この手で殺してやったほうが、この娘のためだ──
 一理あるしかし本当にそうなのか? 僕は両手で女の子の首を包む。日向さんよりも細い首、優しく少しずつ力を込めていく、女の子はというと不思議そうにこちらを見つめている。
 
 その黒い瞳と僕の瞳が合ったとき、日向さんの、母のように優しい笑顔がこの娘の顔に重なる。

 僕は両手を離す。この細い首を折るほどの力はもう僕にはない、帰ったらメリッサに言おう、この女の子を殺すのは僕には無理だと。

「どうしたの? おじさん」
「ううん、何でもないよ」

 この幼女の頭をなでる。きっと、僕は間違っているのだろう、それでも、あんな思いをもう一度するくらいなら、正しくなくていい。僕がそっと立ち去ろうとする。

 だが、女の子が幼い笑顔で僕の服を引っ張っていたことに気が付いた。──そうかこの娘には寝床がないのか。仕方がない、メリッサに怒られるのも一興だ、彼女の性格を知っている者からしたらただの酔狂だが。

 少女と二人、手を結んで宿へと帰途に就いた。

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