終末のヴァルキュリア 第八十一話 朝日と休日

2020年11月22日

 朝日が窓から差し込んだ。天(あめ)から降り注ぐ光が僕には眩くて、胡乱(うろん)げに目をしかめる。

 椅子に座りティータイムに勤しむ僕は、俗世との乖離(かいり)を憶え、何か優越感に浸っていた。

 この茶葉はこの世界のイリティアという葉の種類らしい、渋みと甘味が程よくミックスされ、とても飲みやすい。メリッサが、市場でこさえてきて名前を教えてくれた。朝食の満腹感で胃に負担がかかるのを和らげるのに丁度いい。

 此の世の由無しごとを慮(おもんぱか)ると、人生とはなんであるかとふと頭に過(よ)ぎる。僕の終わった人生は果たして意味があったのか、また、始まった人生はどういう意味性を持たせるのが肝心か、それは行動であるだろう。

 メリッサのために何をしてやれるか、ナオコにとって父親とは何であるべきか、僕の往く道に左右されるだろう。だとすれば、僕は模範であるべきだ。

 僕の父親は育ててもらってなんだが、駄目な大人だった。暴力をふるうし、言動も品性を疑える。しかし、男としての一本通した道を送ってきたと、僕は思うし、それは尊敬に値すべきだ。反面教師にするべき欠点はあるものの、育ててもらった恩義があり、感謝さえしている。

 僕自身は女々しく現実から逃避し、敢え無く無意味な死を迎えた。僕が何を与えられる人間か思案を巡らすが、やはり難問だった。模範になるべき点がない、情けないものだ。思わず嘆息を漏らすと、ふと目を逸(そ)らした。そこにはメリッサがドアの前に静かに立っていた。

「色っぽく喘ぐな」

 と言葉をこぼして少し彼女は照れた仕草で、視線で僕の心を刺す。それが非常に暖かく僕の胸を包み、奇妙と思われるかもしれないが、実際彼女と接してみると、渡り鳥が違う陸地へと飛び立った距離ぐらい、他の女性とは開きがある。独特の低いハスキーヴォイスと落ち着いた男言葉で表現される感情は受け取る側にとっては度し難い。

 その圧力に負けてたまらず苦笑してしまい、僕の失礼な態度に彼女は不機嫌そうに、「だから童貞は嫌なんだ、レディーの扱いがなっていない」と言葉を漏らす。発せられる言葉の当て擦りと見た目とのギャップが異様に可愛い。

「ナオコは下の階かい?」
「ああ、宿屋のおかみさんに可愛がられている。言葉も通じないのに大したものだ、お前も見習え、一人寂しく部屋で茶を飲んで憂うおっさんなど、失業した中年のみ許される特権だ。この世界の住民と接してみたらどうだ」

「生憎、会話もできない人種とコミュニケーションを取る気はない」
 僕の情けない言葉に、彼女のサディズムが反応する。

「それは怠慢だな、そもそもお前は外国に行くために、一生懸命、うるさい臭い工場で働いていたのではないか? 会話もできずにどこに行くつもりだったんだ? 間抜けだな」

「いや、それは……。アメリカみたいな国に飛び込んでみれば何とかなるかなっと、ぼんやり……」

「で実際は、異世界に来て何度も殺されかけて、私もとばっちりで血だらけだ。いいか、人生には準備というものが必要だ、逃避であれもこれもってやるから失敗するんだ。少しは反省して学べ」

 正論だった。僕の人生は突発的で状態が悪くなると逃げて、さらに事態がややこしくなる。見た目15歳の、一兆超えて何億歳の少女に諭されると、胸が痛い。

「感謝してるよ、メリッサ。君がいなければこの生存戦争で生き残ることはできなかった。これは正直な気持ちだ」

「そうだろ、感謝しろ。所詮男など周りの女性で人生が変わるものだ。駄目な女が寄ってくると、成功者だと讃えられた男でもみるみる転落する。逆も然りだ。お前は良い女と出会えたな、私みたいな」

 そう言って彼女は首を傾けながら眉を上側に広げた。自信のある女性は良いな、とても魅惑的だ。

「否定はできないな。あっさり降参だ、負けたよ、その通りだ。君と最初に会った時、嫌な女だと思ったが、ところがどっこい、見事なご令嬢でありますな」
「当然だ、私は常に自分を律し、他人の人生を観察し、生きる勉学にいそしんでいた。お前みたいな駄目人間を一丁前にするぐらいたやすいことだ。」

「なんでそんなことしてたんだ? ヴァルキュリアに必要ないだろ」

 彼女は僕の浅い考えで出た質問にため息をつき、言葉で嬲(なぶ)る。

「私の願いは何だと言った?」
「人間になりたいだろ」

「ならもっとイメージを働かせろ。ヴァルキュリアで無くなり普通の女になるんだ、教養が必要だ。女の人生は男が考えているほど楽ではない、ちょっとしたことで、身を崩し落ちこぼれる、それも自分自身の責であればまだしも、環境でたやすく墜落する。ならば強い女でならねばならぬ。当然の帰結だ。

 あーだこーだと不満だけを漏らし、無力な自分を顧みず、自分の弱さを見ずに時だけを経て老いていくのはあまりにも不憫であり、情けない。自分のツケも他人のツケもきちんと片付けられる強い女でなくてはならないんだ」

「相変わらず辛辣(しんらつ)だな」

 日本のフェミニストが聞けば激怒することを平然と言ってのけられる、彼女の自負心であり経験から出た言葉だろう。

「批評家だからな、人生の」
「いや、まったくもってその通りだ。頭が下がるよ、メリッサ様」

 僕が恭(うやうや)しく礼をすると誇らしげにするメリッサ。

「どうだい、ナオコとは上手くやっていけそうかい?」
 言葉を発してから少し後悔したが、彼女は実に鷹揚(おうよう)だ。

「ああ、もちろんだ。お前の初恋で、好きだった女にそっくりな子どもだから、それはもう愛情と憎悪を込めて育てるよ、慎ましいだろ?」

「憎悪はやめてくれ、相手は子どもだ。教育に悪い」
「冗談だ。わきまえているさ、何の縁か私にも懐いているからな、可愛らしいものさ、幼い子どもなど。お前は劣情を催しているようだが」

「洒落にならないから、そういうことを真顔で言うのはやめてくれ。世界はロリコンに厳しいんだ」

「ああそうだな──」

 そう云ってずいずいと体を揺らせ、僕の目の前にやってくる。そして僕と瞳と瞳を合わせて一言、

「愛するなら私を愛せ。お前みたいな馬鹿を愛せる女など私ぐらいだ。それを忘れるな」

 彼女と合わせる唇、何度味わっても、この神聖さは魔法にかかったように変わらない。それに僕は安心し、彼女と心を一つにしてこれからの戦いに旅立つことを決心させた。

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